『 天授の才 』 昔、昔、 まだ、島には、小鳥も少なく、静寂に包まれていた。 そこには、一羽の鳥が、ひっそりと身をひそめるように 暮らしていた。 その鳥は、島に庭園を作った。 毎日のように、丹念に手入れされた その庭園は、 ため息がでるほどの美しさだった。 数多くの鳥たちが、その庭園を訪れるたびに心を癒していった。 その鳥は、引き継ぐ息子へ庭園の造り方を教え、 自分で切った草木をクルリと見渡し、満足げに微笑んだ。 その息子は遠い空を眺め、何かに思いをはせた。 それは、誰も知らない 心に沈んだままの夢。 その息子は、力が尽きるまで、島を守り続け、 引き継ぐ息子 かも太郎へとまた、父がしてきたように教えた。 するべき事は、全てやった・・・ 自分のやりたい事を押し込めてきた その気持ちは、募る一方。 しかし、年老いた羽根は、もう夢を追う元気もない・・ フラフラと池の淵まで行くと、力尽きて、池へと身を投げた。 まるで、自分の夢を沈めていくように・・・ 沈むはずのない体は、池の中に・・・ 沈んで行った・・・。 「かも次郎!!w」 大きな背中を向けながら、 父になった かも太郎は息子の名前を呼んだ。 「こっちに来いw」 「庭園の造り方教えてやるからww」 父は、とても優しく、かも次郎に たくさんの庭園の技術を教えてくれた。 かも次郎は、だるそうに父の隣に立った。 父の昔を重んじる心とは裏腹に、かも次郎は、 そんな古い仕来りのような事が好きではなかった。 もっともっと、新しい事が好きだった。 父は一つずつ丁寧に、そして、熱心に、かも次郎に教えた。 庭園の事なら何でも知っていた。 毎日の手入れも、おこたる事はなかった。 そんな父を尊敬はしていたが、やっぱり庭園は好きになれない。 しかし、この島から一人出て行く勇気がない かも次郎は、 毎日、父と過ごしているうちに、 どんどんと庭園に詳しくなっていった。 この庭園は、ずっと守り続けられてきた。 曾お祖父さんから・・祖父へ・・ 祖父から・・父へ・・ そして、父から・・かも次郎へ・・ 庭園を引き継いで行かなくてはならないものだった。 かも次郎は、悩んでいた。 僕は・・・この庭園の手入れをし続け、 一生を終わらせてもいいのだろうか・・と。 かも次郎は、島にある大きな池のほとりに越し掛け、 毎日のように、自問し続けた。 その日も、かも次郎は、池を眺めていた。 その池は、夜になると、まるで鏡のようになった。 かも次郎は、そっと、池を覗き込み、 「いっそう・・・この島から出て行こうか・・」 と、池に映し出された自分に話し掛けた。 すると・・・ 池に映っていた 大きな月が・・・ 自分の姿が・・・ユラユラと揺れた。 全く風が吹いていないのに・・・ その揺れは、徐々に大きくなっていった。 かも次郎は、驚き、池を覗き込んだ。 「!!!!!!」 そこには、なんと美しい黄金の鳥が一羽、 池の中で、金色に輝く羽根を広げ羽ばたいていた。 水の中を自由に泳ぐように・・・ いや・・水の中で飛んでいるかのように・・ あまりの光景に、かも次郎は、目を見張った。 『・・・かも次郎・・・』 黄金の鳥は何故か、名前を知っていた。 『・・この島を守る事は、ない・・』 更に大きく羽ばたき水面のところまで来た時、 かも次郎は、はっきりと見た。 それは、まぎれもなく・・ 祖父の姿だった。 自由に生きなさい・・・ そう、かも次郎に優しく告げると、 また、静寂な池の底へと姿を消して行った。 かも次郎は、次の日の夜、覚悟を決め、 父に自分の意思を伝えた。 この島を出て、自分の本当にやりたい事を探しに行きたいと。 一度きりの人生、後悔はしたくない。 かも次郎は、反対する父の腕を振り払い、島を去った。 かも次郎は、祖父の事を考えていた。 きっと・・祖父も・・やりたい事があったに違いないと―――。 かも次郎は、夜空に浮かぶ月をまっすぐ見つめ、空高く飛んだ。 かも次郎は、何日も、空を泳ぎ、 島から島へ渡り、ヘトヘトになっていた。 そんな時、焼きたてのパンの香ばしい香りが、プ〜ンと漂ってきた。 かも次郎は、あまりにおなかが空いていて、その香りがする方へと 羽根を羽ばたかせた。 しばらくすると、大きな島が見えてきた。 そして、その香りの先には・・・ レンガでできた立派なパン屋があった。 かも次郎は、フワリとその大きなパン屋の前に舞い降りた。 カウンターには、チョコンと茜色の鳥 かすてらが座っていた。 そして・・・ お店の棚には、今までに見た事がないパンが沢山置いてあった。 かも次郎は、目を輝かせた。 こんなにパンには種類があったのかと・・・ そして、作ってみたくなった。 かも次郎は、おなかを空かせているのも忘れて、 並ぶ数多くのパンに釘付けになっていた。 「見てないでw買いなされw」 かすてらが、パンを眺め続けている かも次郎に話し掛けた。 グルルルルゥ〜〜〜 おなかが鳴り、かも次郎は、おなか空いていた事に気づき、 ハッと、おなかに手を当てた。 かも次郎は、恥かしい気持ちでいっぱいだったが、 かすてらの笑みに、照れくさそうに笑った。 まだ、食べた事がない ふわふわの白いパンと チョコ コロネを買った。 食べてみると、これがまた、何とも表現できないほどの美味しさで、 パンとは思えないほどの、モチモチとした食感に、口解けのよさ・・・ かも次郎は、驚きを隠せなかった。 こんな美味しいパンを食べてのは、生まれて初めてだった。 そして、かも次郎は、決心した。 美味しいパン屋になりたいと・・・。 かすてらの目の前まで行き、突然、かも次郎は、膝間づくと、 「弟子にしてくださいっ!!」と土下座をした。 かすてらは、目を丸くして、ただただ驚いていたが、 かも次郎の真面目そうな態度をみて、コクリと頷いた。 次の日から、パンの修行が始まった。 かすてらは、かも次郎に、特に指示はしなかったが、 そんな かすてらに、かも次郎は、いつでも付いて歩いた。 メモをしては、かすてらが作っていた時と同じようにして焼いた。 しかし・・・ 始めは、失敗の連続だった。 かすてらが作るパンとは違い、どうしても、 硬く まずいパンができてしまう。 何度も・・何度も・・こねては、焼いた。 焼き加減やこね具合、たたき具合、生地を寝かす時間のずれでさえも、 パンの味が全く変わってしまうのだ。 かも次郎が、悩んでいると、かすてらが、手を差し伸べるように、 どこが悪いのか、パンの作り方を判りやすく、教えてくれた。 熱い石窯(いしがま)にも耐えた。 この石窯を使うと、遠赤外線の量が多く、 パンの芯まで熱が早く届くため しっとりしっかりした焼き上がりになる。 夏の暑い日でも、その熱さに耐え、 火傷を負った日もあった。 しかし、焼くことに休みはない。 日を積み重ねるに連れて、パンの奥深さを知った。 そして、小鳥たちがいる所ならどこでも、 パンを売るために、惜しみなく、パン屋を建てた。 その かすてらの心配りには、かも次郎も、目を見張った。 いくら、敵である害虫がいるところでも、お客さんがいる限り、 かすてらは、パン屋を建てたからだ。 その姿に誰もが、圧倒せざるを得なかった。 毒が体にまわっても、かすてらは、決して諦めず、 パン屋を建て続けた。 そして・・・ 販売していた・・・(汗) かも次郎は、手際良くパン屋を建てていく かすてらを見ては、 マネをして、自分のものにしていった。 長い歳月が過ぎ、 かも次郎は、いつしか、かすてらのような 立派なパン屋を建てられるようになった。 そして、オリジナルのパンも作るようになり、 かも次郎は、独立を考えていた。 かすてらも、立派に育った かも次郎を見て、心から喜んでくれた。 「もう、私がいなくても、大丈夫でしょうw」 よく今まで頑張った・・・と。 かすてらは、かも次郎の肩をポンポンと叩いた。 かも次郎は、かすてらに深々と頭をさげ、お礼を言うと、 自分のパン屋を建てるために、新しい島へ旅立った。 パンを買い求めてくれる鳥たちがいる島へと・・大きく翼を広げた。 かも次郎は、夢への第一歩を踏み出していた。 かも次郎のパンは大盛況だった。 どんな島に行っても、鳥達は、 かも次郎のパン屋に集まって来た。 そして、かも次郎が焼いたパンを 美味しい美味しいと、とても喜んで食べてくれた。 お客さんの喜ぶ顔が、こんなにも嬉しいものかと、かも次郎は、 あらためて、かすてらが、パン屋を続けている意味を知った。 かも次郎は、ある日のかすてらの言葉をふと思い出した。 お客さんの笑顔のために焼き続けているのだと―――。 そして、その気持ちを大切にして、パンを焼くと、 より一層美味しいパンが焼けるのだと―――。 微笑みながら、パンを焼いている かすてらの姿を思い出していた。 今、ハッキリとその言葉が、手に取るようにわかる。 かも次郎は、ただパンをうまく焼く事だけを考えていた頃とは違い 更に美味しいパンを焼くようになっていった。 しかし、かすてらが作れて、かも次郎には、 作れないものが一つだけあった。 それは・・・ 初めて会った日に食べた あの白いパン・・・。 あれだけは、同じように作れなかった。 似たようなパンは作れたが、何かが足りなかった。 何が足りなのか、かも次郎には、わからなかった。 かすてらが作るのを何百回も見て、何百回も自分で焼いてきた。 しかし・・・ 作れないのだ・・・。 かすてらも、全ての事を教えてたと言っている。 あの味・・あの食感を・・どうやって出しているのか・・ かも次郎には、とうとうわからなかった。 かも次郎は、自立できた 今、 父にもこのパンを食べさせてあげたいと思った。 パンをこねながら、父の優しい笑顔を思い浮かべていた。 この数年間、一度たりとも忘れた事がない父・・・ そして、故郷の島・・・ でも・・・今更帰れない・・・ 父の反対を押し切るように島を去った かも次郎には、 故郷に帰る資格はない。 心に焼きついた庭園の風景を心に描き、今日もまた、 寂しい気持ちを打ち消すように、ひたすらパンを打ち続けた。 長い間、いろんな島を点々とし、かも次郎は、たくさんの鳥達に、 たくさんの美味しいパンを売り歩いた。 そして、パンを焼く体力がだんだんとなくなってきていた。 この・・・美味しいパンの作り方を誰かに伝えたい・・・ と始めて思った時、かも次郎はハッとした・・・ かも次郎は、この歳になって、 受け継いで欲しい という、父の気持ちが・・・ ・・・やっとわかったのだ。 なんと・・・ひどい事をしたのだ・・。 庭園を守り続けたいという父の気持ちが、 今、やっと、痛いほど伝わってきた。 一言でもいい・・・父に謝りたい・・・ でも、もう・・・父はいないだろう。 伝える事はできないと判っていながら、 かも次郎は、急いで故郷の島へと飛んだ。 島につくと、あの時とは、見る影もないほど・・・ 庭園は、すっかり荒れ果てていた。 父がいなくなった今、 誰も引き継ぐものが、いなくなったのだろう。 かも次郎は、地に翼をつき、気づくのが あまりにも遅すぎた自分への腹立たしさと 父の気持ちを考えると、涙が次から次へとこぼれ落ちた。 すると・・・信じられない事に、どこからともなく・・ 亡き父の声がしてきたのだ。 『よく帰ってきたな・・かも次郎・・』 『いいんだよ・・・これで良かったんだ』 『おまえにも、夢があって当然だ・・・』 『私は、先祖から守り続けてきた この庭園の形にとらわれすぎていた』 かも次郎が、辺りを見渡すと、 父は、あの頃と同じ優しい眼差しで、 かも次郎をじっと見つめ、ひっそりと立っていた。 夢を閉じ込めてまで、やる事ではない。 よく殻をやぶって、出て行った。 私は、おまえを誇りに思うよ。 立派になったな・・・ そう言う 父の目からは、涙があふれていた。 そして、かも次郎のしてきた事を全て許すように、 にっこりと微笑んだ。 「お父様・・ありがとう・・」 かも次郎は、痛いほどの父の気持ちに、深々と頭を下げた。 あふれる涙は、地面にポタリポタリととめどなくこぼれる。 ゆっくり頭を上げると、涙で、ユラユラとゆがんだ父の姿は、 やがて、祖父が姿を現した池へと 吸い込まれるように消えて行った。 きっと、祖父と父がこのがんじがらめになっていた しきたりを崩してくれたに違いない。 心の奥で、かも次郎は、心から感謝した。 かも次郎は、夢を追ってきた事に全く後悔はしていない。 しかし・・・ 父の気持ちを知ってしまった かも次郎は、 消えて行った池のほとりを見つめ、しばらく立ち尽くした。 自分のパンへの情熱は、死んでも消える事はない。 それは、きっと、父の庭園に対する気持ちと一緒なのだろう。 かも次郎は、荒れ果てた庭園を見渡した。 そして、自ら持たなかったハサミを持つと、 草木を丁寧に切り始めた。 それは、せめてもの、父に対する謝罪の気持ちだった。 何十年と、ハサミを持たなかったのに、かも次郎は、 まるで、毎日ハサミを持っていたかのような見事な 手さばきで草木を切っていった。 それは、手が知っているかのようだった・・・ 全てを切り終わった後、その手さばきを見ていた 一羽の鳥が、かも次郎の近くに舞い降りてきた。 そして、庭園の造り方を習いたいと・・頭を下げた。 それは、まるで、かすてらに弟子にしてくれるように頼んだ 若かりし頃の自分をみているようだった。 かも次郎は、微笑むとあの日のかすてらのようにコクンと頷いた。 血はつながっていなくても、 庭園に対する情熱だけでいいじゃないか・・・w 池のほとりで、『それでいい』と、 祖父と父も笑いかけてくれているかのように 暖かい風がフワリと、かも次郎の背中を押した。 かも次郎は、あの頃の父のように優しく丁寧に教えた。 一語一句、身にしみて覚えている自分に、かも次郎は驚いた。 毎日のように、教えていくうちに、 かも次郎は、庭園が好きになっていった。 あれほど・・・好きではなかった庭園だったのに・・ 庭園を見ていると、不思議なくらい心が安らいだ。 父とやっと、心が通じたようで、かも次郎は、とても嬉しかった。 全ての事を教え尽くし、かも次郎は、その鳥に、 この庭園の事を任せていいか頼んだ。 その鳥は、快くそれを引き受けてくれた。 最後に、かも次郎は、庭園の草木を切った。 それは、庭園を守り、 その血を引き継ぐものだけができる 手さばきだった。 もちろん教えたその鳥にも、伝える事のできない 感を用いた手さばき・・。 切っているうちに、かも次郎は、 かすてらが作る白いパンの謎がわかった気がした。 その白いパンは・・・ パン屋の血を受けついだ者しか作れない・・・パンだったと。 自分が切るこの草木が、教えてくれているかのように、 謎が解けていった・・。 血を受け継いだ者だけに与えられる才能。 しかし、それを持っていながら、違う夢を目指した事に、 決して、後悔はしない。 なぜなら・・・ 自分の夢を叶える事ができたのだから・・・ その夢を追う事がなかったら、 なんと寂しい一生だっただろう・・・ 感動にふるえる瞬間もなかったかもしれない・・ 生きてて良かったと感謝する瞬間もなかったかもしれない・・ その一瞬のために たくさんの時間をかけて 心を育てていく。 それが、生きるという事だから―――。 かも次郎は、祖父が・・父が・・愛した この草木を 心に焼き付けるように、しばらくの間、優しく見つめた。 そして、庭園を託し、祖父と父が眠る池に一礼すると、 また、かも次郎は、広く大きな空へと旅立った。 引き継がれる天授の才能よりも、 もっともっと大切な かすてら から教わった パンを焼く素晴らしさを、伝えるために―――。 ― END ―   メニュー
♪群雄天星

inserted by FC2 system