『 片羽胡蝶(へんうこちょう)』 赤い木の葉が、ヒラヒラと舞い散り、 地面に赤いジュータンを敷き始めた ある秋の日。 灰色の羽根を持つペンギンのしもは、 ぼんやりと外の風景を見ながら、大きなため息をついた。 もうすぐで、ハロウィン。 この季節になると、しもは、イヤでイヤでしょうがなかった。 十月三十一日の夜に、オバケの格好をして、 鳥達は島中を飛び回るのが恒例だった。 しかし・・・ しもには、翼がついていながら、 空を自由に飛びまわる事ができなかった。 毎年・・・毎年・・・ オバケの格好をしながら、もそもそと歩くことしかできない しもは、 皆から指刺され、笑いものの対象だった。 あの大空を自由に飛べたらなぁ・・・ しもは、いつまでも、いつまでも、遠い空を見つめていた。 しもは、飛べない代わりに、 誰よりも負けない運動能力を持っていた。 ボールの的中率は素晴らしいものだった。 頭脳も、他の鳥達よりも知識があり優秀だった。 頑張り屋のしもは、何にでもチャレンジしてきた。 そして、身につけて来たものは数知れないほど。 自信だって、それなりにあった。 誰にも譲れないものもあった。 飛べない翼を持っている しもは、 自分を誇れるようになろうと必死だった。 何でもできるのに、飛べない しもの事を 鳥達は、冗談で、面白おかしく笑っていた。 しも もまた、周りの鳥達と楽しむように、笑っていたが、 心の奥ではとても・・とても・・傷ついていた。 しもは、一人になると、 翼を広げては、バタバタと空へ向かって 何度も・・何度も・・ジャンプした。 しかし、決して飛ぶ事がない翼。 見えない鎖が足についてるようだった・・ しもは、疲れた羽根をグッタリとさせ、座り込んだ。 枯れ葉は、地面の上で、クルクルと風に乗り舞った。 舞っては、落ち・・ 舞っては、落ち・・ しもは、自分のような枯れ葉をただ、静かに見つめていた。 そうしてる間に、徐々に、日が傾き、夜が更けていった。 「ゎゎ!!」 しもは、あまりにも疲れて、枯れ葉の上で寝てしまったようだった。 飛び上がって起き上がると、辺りは真っ暗で、何も見えない。 少しずつ、目が慣れてきて、わずかな月明かりを頼りに、 家への道へと、ペタペタと歩き出した時だった。 あれ・・・ なんだろう・・・ しもは、まだ眠たい瞼をこすり、目をこらして見て見ると・・・ そこには、キラキラと、七色に輝きながら一匹の それは、それは、綺麗な蝶が舞っていたのだ。 蝶は、真っ暗な夜道をまるで、導くかのように、 しもの先頭をヒラリヒラリと飛んでいく。 今までに見たこともないほどの美しい蝶に、目を奪われて、 しもは、その蝶を追いかけるように、進んで行った。 蝶が進む先には、池に囲まれた大木が、あった。 蝶は、その木に吸い込まれるように・・ 消えていった・・・。 しもは、その大木の周りや池の辺をグルグルと一周して、 探し回ったが、七色に光る美しい蝶は見つからなかった。 あの蝶は・・・いったい・・・ どこに行ったのだろう・・・ しもは、何百年と立ってるであろう大木を見上げた。 少し冷たい風が吹き、枯れ葉が、カサカサと しもの足元をくずぐっていた。 その日から、しもは、その大木の下にいるようになった。 あの蝶が、来るかもしれない・・・ きっと・・僕が行く事ができない、 この大木の頂上へ飛んで行ってしまったんだ・・・ 同じ翼を持っているのに、自分は何故飛べないのだろうと、 しもは、翼をバタバタとさせた。 あんなに小さな羽を持つ蝶でさえ・・・ 空高く飛んで行けるのに・・ しもは、悲しくなって、うつむき、 地面の枯れ葉を握り締めた。 だんだんと真っ赤な太陽が沈んで行き、辺りが真っ暗になっていく。 草むらから、しもの心を癒すかのように、秋の鈴虫が静かに鳴いていた。 そのうち・・・しもの目の前に、 あの美しい七色に輝く蝶が、現われた。 しかも、一匹だけではなく・・ 何十匹も・・ どこからともなくやってきては、キラリキラリと、 月明かりにもおとらない光を落としながら・・・ 次から次へと・・・大木の上へと吸い込まれていく。 その美しい光景に、しもは、目を輝かせ、立ち尽くした。 この木の上では、何十匹もの蝶が、 キラキラと美しく舞っているんだろう・・ しもは、大木の上にいる蝶たちの事を想像して、 飛べたのなら・・ もっと素晴らしい光景を見られたのかもしれない・・ と、苦い思いをかみ締めた。 ヒラヒラと輝いて飛んでくる七色蝶は、徐々に数を減らし・・ そのうち・・・ 一匹もいなくなってしまった。 月明かりは辺りを静寂に包み込んでいた。 しもは、その七色蝶の事を誰にも話さなかった。 なぜなら・・ 知ってしまえば、飛べる鳥達は、珍しがって、 その蝶を捕まえてしまうだろう・・ その大木は、自分だけの秘密の場所になった。 そして、晴れている夜は、その大木へ行くようになっていた。 雲のない夜空に浮かぶ満月が、白く輝き、 いつもの夜よりも明るく島を照らしていた ある日。 しもは、あの七色蝶を一度でいいから、採ってみたいと思い、 大木の下で、飛べない翼を広げ、バタバタと羽ばたかせていた。 飛べない鳥だから、しょうがないかな・・・ そう、あきらめかけた時だった。 今にも、落ちそうなくらい、地面近くで飛んでいる 一匹の七色蝶が、いたのだ。 しもは、急いで駆け寄り、覗き込んだ。 その蝶は今まで見た中でも、一段と美しい羽を持ち、 キラキラと輝きながら飛んでいたが・・ その蝶には、羽が片方しかなかった。 懸命に飛んでいるその姿に、しもは、 採ろうとしている手を引っ込めた。 心の優しいしもは、すぐにでも採れるその蝶を 決して採る事はしなかった。 「ガンバレ!!」 しもは、その蝶を励ますように、 パタパタと翼を動かして、見守った。 「後、もう少しだ!!w」 大木は、もう目前だった。 大木まで、行ったら、仲間に会えるぞ!!! しもは、じっと、片羽の蝶を見つめた。 いつの間にか、手に力が入り、 まるで、自分の事のように熱が入った。 池の近くまで来た・・・その瞬間。 その蝶は、冷たい風にあおられ、水面に横たわってしまった。 ユラユラと水面に揺れ、光が徐々に失われていくのがわかる。 しもは、急いで、その蝶をそっと翼に乗せた。 その蝶はまだ、生きているようだった。 ガンバレ!! ガンバレ!! ガンバレ!! 翼の中にある小さな小さな命に、 しもは、何度も何度も、応援し続けた。 蝶の仲間たちは、大木の上にいるのに・・・ この片羽の蝶だけは・・ 頂上に行く事ができないなんて・・・ しもは、その蝶を優しく優しくなでた。 「よし!!!僕が、頂上まで連れて行ってあげるからね!」 もちろん、しもは、飛ぶ事ができない。 しもは、大木を見上げると、 少しずつ、少しずつ、木を登り始めたのだ。 翼の中の小さな命のために・・ しもは、上だけを見て、ひたすら登り続けた。 落ちたら・・・ケガでは済まない高さ・・ 大木の大きな大きな幹は、満月の月明かりで クッキリと浮かび上がっていた。 しっかりと、足の踏み場を確かめるようにして、 しもは、一歩一歩登って行った。 そして、大きな枝が伸びている辺りまで登る事ができた。 少し、大きな枝に腰をおろして、手のひらの蝶を見た。 片羽を懸命に、フワリフワリと動かしいる。 きっと、この蝶もまだ・・あきらめてはいないはず・・ いつしか、しもは、飛べない自分と、片羽の七色蝶を 重ね合わせるようにして見ていた。 後もうひと踏ん張り!! しもは、大きく翼を伸ばし、枝から枝へ登って行った。 この大木も、だいぶ葉が落ち、枝と木の葉の間から、 静寂な夜空とキラキラと輝いている星が見えていた。 あれ・・・ 仲間は・・・本当に・・この大木の頂上にいるのだろうか・・ そう思った時だった。 その蝶は、しもの手からフワリとすり抜けると、 空高く・・・ 空高く・・・ 懸命に上って行った。 そして、キラリと羽から落ちる蝶の光が見えなくなっていった。 しもは、どこへ行ってしまったのか知りたくて、 更に上へ上へ登って行った。 しかし、頂上まで来た時、そこにあるのは、 大きな満月と満天の星空だけだった。 しもは、グルグルと、始めて、見下ろした。 あまりの高さに驚きを隠せない。 「ゎわわわわわわ〜〜〜」 こ・・・こんな高くまで来てしまったょ!(・ω・;A)アセアセ… しもは、ここまで来て、やっと無謀な事態に驚いた。 こんな大きな木に登ったのも初めてで、飛べないしもにとって、 こんな高い所に来たのも、初めてだった。 きっと、この高さまで、飛べる鳥は、あまりいないだろうと、 しもは、島をグルリと見渡した。 ――――!!! しもは、この島で育ってきて、初めて知った。 この島が・・・花の形をしている事に・・・ そして・・・ 今、しもがいる大木の場所が、花の中央。 蜜がある場所だったのだ。 しもは、ここにあの不思議な蝶たちが、 集まる訳がわかった気がして、 星が瞬く夜空を仰ぐと、にっこりと微笑んだ。 消えてしまった片羽の七色蝶は、この夜空のどこかで・・ 仲間の元へきっと行けたに違いない・・・ いつになく、しもは、心が晴れやかになっていた。 満月の明かりは、しもの心をそっと優しく包んでいた。 そして・・・ ハロウィンの夜。 しもは、友達と大きな白い布をかぶり、 (。・ ・。)ノ゙ ddddd☆ と近所の人の所へ回って歩いた。 手の中には、お菓子が沢山あり、嬉しかったが、 今日も、あの大木へ早く行きたくてしょうがなかった。 鳥達は、空を舞い、まるで本当のオバケのようだった。 しもは、ただ、それを羨ましそうに見つめていた。 飛べる鳥達は、いつものように、飛べないしもを見て笑っていた。 しもは、とうとう、悔しい気持ちがこみ上げ、白い布を取ると、 一気に、大木の方へ走り出した。 あの場所に行けば心が落ち着くかと思ったからだ。 しもは、無我夢中で走っていて、 友達が飛んでついてるくのに全く気づかなかった。 大木まで着くと、しもは、その大木を登りだした。 あの日から、毎日のように登っていて、 もう、どんなに高い大木でも、お手の物だった。 上へ上へと登るしもを追い、空高く友達の鳥達は飛んだ。 「ぉぃwどこまで登るんだ??w」 そう話し掛けられて、はじめて、 しもは着いて来られてる事に気づき、身を凍らせた。 七色蝶が、皆に見つかって、捕まえられてしまう・・・ そう思った時だった。 いつものように、キラキラと七色に輝きながら、 羽を優雅に泳がせ、大木へとやってきた。 しまった―――。 もう・・遅いか――。 しもは、皆に気づかれないように、視線を戻すと、 蝶を意識しないように、違う会話をしようとした。 「ぇと・・・wこの木じゃなくて・・・」 「違う木に登ろうかなwwははははは・・・」 無理矢理笑顔を作り、誤魔化そうと、しもは必死だった。 そうしてるうちに、次から次へと集まっては、 大木の上へ上へ飛ぶ七色蝶。 一匹、横を通り過ぎ・・ また、一匹ヒラヒラと通り過ぎた・・ しかし、全く友達は、七色蝶に気づいていない様子だった。 ・・・なんでだろ・・・ こんなに沢山飛んでいるのに・・・ 「この蝶たち・・見えないのか?」 しもは、唖然として、友達に聞いた。 「何のこと言ってるんだ?しも・・おかしいぞ?」 友達の一人が、心配そうに顔をうかがった。 しもは、本当に存在するのか・・しないのか・・ わからない何匹もの通りすぎてゆく七色蝶を呆然と見つめた。 この七色にキラキラと光る蝶は・・・ しも しか見えていなかったのだ―――。 なぜ・・この蝶が、しもだけに見えるのか・・ その時は、全くわからなかった。 しもは、存在すると信じたかった。 そして、無我夢中で木をよじ登った。 友達の鳥達は、あまりの高さに、下の方で羽をパタパタと動かし、 しもがいる上方を心配そうに見つめていた。 どこへこの七色蝶が行ってしまうのか、この目で見ないと、 本当に存在しないものになってしまうから・・・ しもは、ヒラヒラ舞う七色蝶と一緒に、上へ上へと登って行った。 ふと、横を見ると、あの日に助けた片羽の蝶が、 フワリフワリと笑いかけているように、目の前に飛んでいた。 しもは、ハっとした。 理屈では、考えられないのだ。 片方の羽だけで、飛ぶなんて・・・ありえない。 今になって、しもは、不思議な蝶に、 あまりにも魅せられていた自分に羞恥した。 初めから・・・これは・・幻だったのか・・・ 片羽の蝶は、もう片方の背中に、 見えない透明の羽があるかように・・ しもの周りをクルクルと飛んだ。 その姿は、とてもとても喜んでいるようだった。 そして、しもに、感謝しているように見えた。 「あの日、仲間のところへ行けたんだなw」 しもは、その片羽の蝶に、優しく手を差し伸べた。 片羽の蝶は、フワリと、しもの翼に止まった。 しもにとって、幻の片羽の蝶が、 とても とても 愛しい存在に思えてきた。 いつ消えてしまってもおかしくはない・・幻。 こんなにハッキリと見えているものが・・・幻? しもは、ユラユラと優雅に揺らしている片羽を優しく見つめた。 フワリとその蝶は、再び宙を舞った。 しもは、その片羽の蝶を追いかけ登り続けた。 片羽の蝶は、フワリフワリとしもの周りを飛んでは、 上を目指していく。 まるで、あの日の逆の立場ようだ。 しもは、応援してくれている片羽の蝶に笑顔を見せた。 頂上まで登ると、今までに見た事もないほどの七色に光る蝶が 天に向かって一列に飛んで行くのが見えた。 なんと、美しい光景だろう・・・ それは、天に続く七色の道のようだった・・・ しもは、ただただ、その光景に見入っていた。 その目の前を、邪魔するかのように、ヒラリヒラリと飛ぶ片羽の蝶。 そして、この蝶の道を進んでごらんと訴えかけるように、 しもと蝶の道を往復していた。 そんなことしたら・・間違えなく・・ まっ逆さまに、落ちてしまうだろう・・・ しかし、しもは、その幻が、全て夢の出来事のように思えてきた。 そして・・その蝶が誘導するままに、ゆっくり歩き出した。 信じられない事に、しもは、蝶の道の上を歩くことができた。 しもは、両手を広げ、バランスを取りながら、 一歩ずつ更に上へ上へと進んでゆく。 その姿は、まるで、ペンギンが空を飛んでいるように見えていた。 下では、友達の鳥達が、誰よりも高く飛んでいる しもを 目をパチクリとさせながら、唖然と見上げていた。 今まで、見た事もない素晴らしいく美しい風景に、しもは目を輝かせた。 そして、高く高く空を飛んでいる気分で、 しもは、いつになく心が踊っていた。 ハロウィンの夜が、こんなに楽しい日になるとは・・・ しもは、思いもよらなかった。 しもは、遥か遠くまで続く水平線と広大な台地を一望した。 空高くから見る鳥達は、なんて、ちっぽけなものだろう・・ それは・・・手のひらに乗ってしまうくらい まるで・・蝶のようにとても、とても小さい・・・ そして・・・ 自分の悩みが、なんて小さなものだったのだろうと思い知った。 しもは、この光景を胸に焼き付けるように いつまでも、いつまでも広大な風景を見つめていた。 気がつくと、しもは、七色蝶のような 色とりどりのパンジー畑の中で、横になっていた。 やっぱり・・・夢だったのか・・・ しもは、ふと傍らのパンジーを見ると、そこには・・・ 花びらが一枚しかない青紫色のパンジーが咲いていた。 しもは、それが、片羽の七色蝶だと感じ、優しくその花をなでた。 寒い季節に花を咲かせるパンジー。 羽がなくても、いや・・・ 花びら一枚しかなくても、秋の冷たい風にあおられながら、 懸命に・・そして・・とても立派に生きていた。 なぜ、あれほどまでに、片羽の蝶が自由に飛んでいたのか・・・ 見えない羽がなんだったのか・・・ しもには、わかった気がした。 そして、空高く、大きく大きくジャンプした。 しもの背中には、片羽の蝶のように、見えない翼がはえていた。 それは、誰にも見えない大きな大きな翼。 大空を飛べなくても、胸をはって生きていける力。 始めから、足に鎖になんて、つながれてなかった。 縛り付けていたのは、自分の心だった。 飛べない代わりに、大きな誰にも負けない水かきがある。 海にもぐれば、誰よりも早く泳げるじゃないか。 大空に羽ばたく鳥のように、この広い海を泳いだらいい・・・w しもは、澄み切った水色の空を仰ぎ、 鳥達の群れに、大きくジャンプして飛び込んで行った。 ― END ―   メニュー
♪七色蝶

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