『 ローレライ 』 誰もいない小さな緑の島・・・ ショップさえもいない小さな小さな島が、 ポツンと誰の目にも止まることなく 静寂に包まれ、ひっそりとたたずんでいた。 その島の近くには、いくつかの岩が、 目をはばかるかのように海の波間から覗かせていた。 夜が更けると、その岩陰から、 それは、それは、美しく、切ない音色が 海風に乗って流れてゆく。 1羽の鳥が、その近くを通りかかり、 その美しい音色に誘われるままに、羽を泳がせた。 誰が奏でているのか・・・と。 岩陰までたどりつくと、突然、大波が襲い掛かり その鳥は、海面に姿を現すことなく・・・ 波に飲まれて、海底に引きずり込まれていった。 小さなこの島では・・・誰も近寄ることもない。 寂しさや悲しみが、さらに、その音色に加わり より一層、切ない音色になってゆく・・・ ・・・1羽・・・・ また・・・1羽・・・ 数が増えるほどに、その音色は、 切なさを・・美しさを増していく・・・ まるで・・・ その鳥たちの魂が音を奏でているかのように・・・ 小さな水色の翼を持つナナミは、小さな頃から口の聞けなかった。 そんな不憫なナナミのところへ、いつも、 真っ白な羽を泳がせる一羽のアヒルがいた。 シロップは、口のきけないナナミにとても優しかった。 そして、まるで一緒に話しているように 楽しげにシロップはナナミに話をしていた。 シロップは、口がきけないからと言って、ナナミを 決して、特別扱いはしなかった。 普通の子と同じように、いろんな話をした。 ナナミにとって、それが、どんなに嬉しかったことか・・・ 今まで、口がきけない事をずっと、気にしていたが、 シロップに会ってからというもの、ナナミは、 だんだんと、笑顔が増えていった。 気さくで心優しいシロップの事を いつしか、ナナミはとても好きになっていた・・・。 ナナミは、自分の気持ちが少しでも伝わればと・・・ シロップのためにベルを持ち、メロディーを奏でた。 ナナミにとって、ベルだけが、伝える事ができる たった一つの手段だった。 言葉を音符に変えてみる・・・ 伝えたいと思う気持ちに、一番近い音を集めていく。 その音符達を並べたり、並べ替えたりしてみる。 それはまるで、パズルのよう・・・ 単純な音色でも、自分なりに並べ替えて、 その並べられた音符達が、メロディーになっていく。 そして、ナナミは、そのメロディーを大切に大切に奏でた。 大好きなシロップの心に伝わるように・・・ シロップは、毎日のようにナナミの所へ来た。 シロップのたわいもない話も、ナナミにとっては、 とてもとても楽しい話で、シロップとの時間は、 あっと言う間に過ぎていくようだった。 楽しそうに笑って話すシロップを見るたびに、 ナナミも、心が踊るように楽しかった。 シロップも、また ナナミの奏でる音色が好きだった。 心が癒されるようだった。 疲れてた時も・・ 気分がいらだった時も・・ 心が重たくブルーな時も・・・ ナナミの音色を聴けば、心が落ち着き、 自然と朗らかな気持ちにさせてくれた。 だから、ちょっと音程が狂っても、シロップは、 笑顔を絶やすことがなく、ニコニコとナナミの奏でる メロディーを聴いてくれた。 いつも、ナナミのメロディーの隣には、 優しい笑顔で見守るシロップがいてくれた。 だから・・・ シロップも、自分の事が好きなのかと思っていたんだ。 ある晴れた秋の日、シロップは、少しの間、旅立つと言い残し、 ナナミの元から去って行った。 また、このナナミのいる 小さな小さな島に戻ってくると 約束を残して・・・ 口のきけないナナミは、寂しげな表情を見せ、 シロップの翼をつかんだが、 「必ずw戻ってくるからw」と、 シロップは、とても優しい笑顔をナナミに向けた。 ナナミは、その優しい微笑を信じて待っていようと、 そっと、その翼を離した。 同じ空の下で、心に焼きついたシロップの笑顔を思い出しては、 ナナミは、ベルを奏でた。 音色が風に乗って、シロップの元へ届くように・・・ 遠く遠く離れてしまったけれど・・・ 同じ空の下にいる。それだけで、 救われた気がしたんだ。 シロップが戻らないまま・・・長い歳月が流れた。 離れていても、お互いが一緒の時の気持ちでいれば、 大丈夫だと思っていた。 ナナミには、待っている自信があった。 だけど、会えない日々がどんどん・・ 不安に変わっていった。 今、どうしているのだろう・・・ もしかしたら・・・ もう・・・ アタシとの約束なんて、忘れてしまったんだろうか・・・ そう思うと、心が締め付けられ、 ナナミの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。 寂しい夜をいくつ越えたら、アナタは会いに来てくれるの? 細い細い糸で繋がれた約束。 切ってしまえば 楽になるのに・・・ ナナミは、遠い空をずっと眺めていた。 水色の澄み切った空には、白い月が、薄っすらと浮かんでいた。 ナナミは、夏が近づき徐々に暖かさが帯びてきた あるの日。 雨がシトシトと降り、じめじめとした空気が漂っていた。 ナナミは、ずっと、この小さな島で待っているよりも、 シロップを探しに行こうと思った。 口がきけなくても、きっと、どうにかなる。 ナナミは、勇気を振り絞って、 この生まれ育った小さな島から出ていった。 シロップに会いに行くために―――。 島を点々とし、ナナミも、心身共に疲れ果ててきた そんな時。 ナナミは、シロップを見つけ出した。 しかし・・・ シロップの隣には、ナナミの知らない女の子がいたのだ。 二人は、仲むつまじそうに手をつなぎながら、 とても・・ともて・・・楽しげに話していた。 ナナミは、何もできず、幸せそうな二人の後ろ姿を ただただ見つめていた。 やっぱり・・・口のきけないアタシなんかより・・ ずっとずっと楽しいに決まってる・・・ 強さを増し、ザーザーと降る雨の中、 ナナミは、一人ポツンと立ち尽くしていた。 叶わない約束なら・・・ そんな簡単に破ってしまうのなら・・・ あんな約束なんて欲しくなかった。 雨と混じり、ナナミの頬に、次から次へと涙が流れた。 雨雲の空の下、ナナミの心はズタズタに引き裂かれていた。 ナナミは、誰もいない小さな生まれ育った島に戻ると、 一人、海へ飛び込んだ。 傷ついた心を抱いたまま、生きていくには・・・ あまりにも・・・ナナミには辛かったのだろう。 深い深い海へとナナミは入って行った。 しかし・・・ 悔やみきれない感情だけが・・・この世に残ってしまった。 ナナミは、一人、寂しい海の底で、 つらい想いと憎しみの想いが交差していた。 そして・・・ 岩場の影で、メロディーを奏でた。 生きている鳥たちが、とても幸せそうに見えて、 ねたましく思ったから・・・ だから・・・ 音色に、引き寄せられた鳥達を 海へと沈めていったんだ・・・ なぜ・・・アタシだけ、声が出ないの? なぜ・・・アタシだけ・・・一人なの・・・? なぜ・・・アタシだけ、こんなヒドイめに 合わなければいけないの? ヒドイ・・・ヒドイよ・・・ 裏切られた恨みが、シンシンとつのっていく。 そして・・・ まるで、波に削られる岩のように、 心はボロボロになっていった。 ナナミの悲しみの果ては・・・ 憎しみ 恨み ねたみ しか残っていなかった。 そんな折り、シロップは、立派な地図の設計士になっていた。 もんごっこの島の各地を行き渡り、沢山の島の地図を作り、 詳細に作られた その地図は、評判がよく、 鳥達に、とても感謝されていた。 便利だと、感謝される度に、シロップはやりがいを感じ、 地図作りに没頭していた。 もちろん、あの時付き合っていた彼女は、 今や、シロップの奥さんとなり、可愛らしい子供もいた。 とても、とても幸せだった。 幸せを絵に描いたような家族で、誰もが、はやし立てた。 シロップは、ナナミの事は、昔の事だと・・・ ナナミも、あの幼い約束なんて忘れて、きっと 幸せな家庭を築いてるだろうと思っていた。 そんなある日。 シロップは、地図を作るために、 ナナミといた小さな小さな島を訪れようとしていた。 誰もいない小さな島には、ナナミが幸せに暮らしていると シロップは、幸せそうに微笑んでいるナナミの顔を思い浮かべ、 その島へ羽を泳がせた。 島につくと、そこには、静寂に包まれ、誰の姿も見えなかった。 見えるのは、あの頃と全く変わらない風景だけ・・・ ナナミは、ここを離れてどこかへ行ってしまったのかと、 シロップは、少し残念な気分になったが、 仕事用具をひろげ、さっそく仕事を始めた。 小さい島だけに、1日もあれば終わりそうだった。 真っ赤な夕日が、水平線に吸い込まれるように 徐々に沈んでいく頃、後もう少しだと、シロップは、 休憩もせずに、キレイなキレイな夕日も見る事もなく、 もくもくと仕事に打ち込んだ。 とっぷりと日は沈み、仕事しずらいほど、辺りは真っ暗になったが、 それでも、もくもくと最後の仕上げの作業をしていた。 今まで晴れていたのがウソのように、真っ黒な雨雲が、 その小さな島の上空に集まりだしていた事も気づかずに・・・ ポツポツと降り出した雨に、ふと、シロップは、空を見上げた。 こりゃ、まいったなと、言わんばかりに、 さっさと仕事用具をたたみ、木の下に腰をおろした。 まだ春だと言うのに・・・真っ黒な雨雲からは、 雷がビカビカと光りだしていた。 恐ろしいほどの雷鳴と雷光に、シロップは頭を抱えた。 まさに、シロップの上空で、雷雲が襲い掛かってきていた。 ビカビカビカビカァァ――――!!! 凄まじい音をたてて、近くの木に落雷し、 木が真っ二つに割れ、炎があがった。 シロップは、あまりの恐ろしさに、豪雨の中、 仕事用具が入ったカバンを抱えて走り出した。 海岸の辺りまで走ると、大波が襲ってきた。 海は荒れ、大波を海岸に打ち寄せていた。 シロップは、この小さな島で、どこへ行けばいいのか わからず、 グルグルと走り回った。 すると・・・・ その嵐の中・・・ 美しい音色が、シロップの耳に聞こえてきた。 その聞き覚えのある音色に、 シロップは、ナナミだと直感した。 「ナナミ〜〜〜〜〜〜〜!!」 「ナナミなのか?!!」 「どこにいるんだ?!ナナミーー!!」 豪雨の中で、しきりに、シロップは、呼び続けた。 まさか・・・ナナミが、この世から いなくなっているとは知らずに・・・ その美しい音色が、聞こえてくる海へとシロップは、飛び込んだ。 そして、その先には、海にほんの少しだけ覗かせている岩が、 大波に激しく打ち付けられていた。 シロップは、凄まじい荒波に、飲まれそうになりながら、 その岩場まで、息を切らせて泳いだ。 ナナミ〜〜〜〜〜!! ナナミの名を叫んでいたが、その言葉は、暴雨に飲まれ消えてゆく。 音色が聞こえてくる岩場まで、やっと行き着く事ができたが・・・ ナナミの姿がない・・・・。 シロップは、決して忘れる事のなかった ナナミの音色を間違える訳がなかった。 波に流されないように、岩場に張り付き、ナナミを呼び続けた。 ナナミは、シロップをも・・・沈めてしまおうと思っていた。 いつになく、憎しみに煮えきったナナミの心は、 雷雲さえも呼んでしまうほどのエネルギーになっていた。 叫ぶシロップの目の前に、ナナミの姿がボーと浮かび上がった。 その姿に、シロップは、声もでない。 必死に、岩にしがみ付き、驚いた目で凝視しているシロップを ナナミは、冷ややかな瞳で見下ろし、シロップにささやいた。 それは、シロップにしか届かない声・・・ 『おまえは、アタシを不幸にした』 『だから、死んで当然の酬いだ』と。 シロップは、この状況すら判断できない状態で、動揺を隠せない。 ナナミが、夢にまでみた 伝える事ができる言葉が、 こんなヒドイ言葉になるとは・・・。 ナナミは、ひどく悲しく苦しい気持ちになった。 その時だった大きな雷が、海目掛けて落ちてきたのだ。 ナナミは、その瞬間―――。 シロップを海へと引きずりこんだ。 必死で抵抗したが、足が海底へ持っていかれる・・ 海へと沈んで行くかと思ったが、少しすると、 シロップの体は岩場に打ち上げられた。 ナナミは、とっさに殺すはずのシロップを助けていたのだ。 海に雷が落ちた時、水中にいないと・・・ 海面に電気が流れ、シロップは、死んでいるところだったのだ。 絶対許せないと思っていたのに・・・ 愛情なんてもう、これぽっちもないのかと思っていたのに・・ 憎しみと一緒に・・・ 愛情も育っていたことに・・・ ナナミは、初めて気づかされた。 アタシには・・・殺すことなんてできない・・ シロップは、海水を少し飲んでしまい、ゲホゲホと咳をした。 そして、息をつくと、ナナミの瞳をしっかり見つめた。 「ナナミ・・・すまなかった・・・」 「一人で、この暗い海の底にずっといたのか・・・」 「そうとは、知らずに・・・俺は・・・」 シロップの目から涙がこぼれた。 自分の悲しみや苦しみのせいで・・・ 自分の言葉が、愛していた人を傷つけていた。 初めて、ナナミは、言葉の重みを知った。 言葉を話せたら・・・ もっと、もっと幸せな言葉を伝えたいと 思っていたあの頃を思い出し、 ナナミの瞳から・・・ 枯れ果てたと思っていた涙があふれてきた。 自分を傷つけた人を許すのは 簡単じゃない。 でも、憎しみをかかえていくのは ずっとずっと苦しい事だった。 アナタを許せなかったばかっりに・・・ たくさんの鳥達を犠牲にして・・・ アタシは、なんてことをしてきたのだろう・・・ ただのエゴでしかなかった―――。 あの時・・・アナタの事を許せなくても・・・ 起きてしまった出来事や つらい体験をした自分を 許していればよかった・・・ シロップ・・・ごめんね・・・ アタシ・・ほんとは・・ 『アタシのメロディー覚えててくれただけで嬉しかった・・』 『ほんとに・・・嬉しかったよ・・・w』 ナナミが本当に伝えたかった言葉が、 シロップにしっかり届いていた。 シロップは、涙を拭うことなく、うんうんと頷き、 せめて、笑って見送ろうと必死に笑顔を作っていた。 最後に・・優しい言葉をかける事ができて良かった・・・ だって、そうしないと・・・ きっと、また悔やんでしまうから・・ねw さよなら・・・シロップ・・幸せにね・・w だんだんとナナミの姿が薄くなってゆく。 もう、何も言い残す事はないのだろう・・・ そして・・音色を奏でる事もないだろう・・・ 薄れていくナナミは、とてもとても幸せそうに微笑み、 天へとのぼっていった。 いつしか、あれだけ凄まじかった嵐もおさまり、 瞬く星達が、海に映り、穏やかにユラユラと揺らめいていた。 シロップは、ナナミの悲しい一生を思うと、涙があふれ、 岩場に沢山の涙を落とした。 そして、長い歳月ナナミがいた寂しげな岩場を いつまでも・・いつまでも・・・見つめていた。 ― END ―    メニュー
♪ガラスの城

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