『 桜 貝 』 真っ青な海の底に、モン魚姫は落ちていく・・・ 大事な人を想うがゆえに、自分の命を犠牲にした 悲しいモン魚姫の話。 『聞いたことあるかい?』 島では見かけた事もない老婆が、海岸で淡々と話をする。 老婆の目の前にチョコンと座り話に聞き入るちぇりこは、 「ううん〜〜」と、首を横に振った。 『そぉかい。じゃあ、お話してあげようかねぇ〜』 不思議な雰囲気をもつその老婆は、目をそっとつぶり話始めた。 真剣なまなざしで、うんうんとちぇりこは、 老婆の話に夢中になっていった。 海に住むモン魚姫が、15歳になった時、初めて海の世界から、 海の上に浮かび上がる事が許される。 モン魚姫は、地上の鳥を見てみたくて胸を踊らせました。 とうとうモン魚姫が15歳を向かえ、海の上に顔を出した。 空は満点の星空、そして目の前には、大きな船が浮かんでいました。 モン魚姫は、その船に近づき、影からそっと、中をのぞくと・・・ 小鳥たちが誕生日のお祝いをしているようでした。 そこで初めて目にした純白色の鳥。 なんと可憐でたくましそうなのでしょう。 モン魚姫は、一目で彼に心をひかれてしまいました。 夜がふけると、大きな嵐がやってきました。 船は真っ二つに割れて、沈没してしまいました。 モン魚姫は、彼を探し、海岸の砂の上に寝かせていると、 海辺の白い大きな建物から若い娘たちが出てきました。 目を覚ました彼は助けにきた鳥達に微笑みましたが、 命を助けてくれたモン魚姫のほうには微笑みません。 彼は、助けてもらったことなどは夢にも知らなかったからです。 モン魚姫はたいそう悲しくなりました。 しかし、何度も海辺から鳥の世界を覗くようになって、 モン魚姫は、鳥の世界に入っていって、 仲間に入りたいと思うようになりました。 もちろん鳥は死にます。 その一生はモン魚などより、ずっと短いのです。 しかし、モン魚姫は、生きていられる何百年という年を、 すっかりお返ししてもいいから、その代わり、 たった一日でも、鳥になりたいと願いました。 そこで、モン魚姫は、おそろしい魔法使いのところへ 行く決心をしました。 魔法使いは、モン魚姫にしっぽが 鳥の足になる薬をくれました。 この薬を飲めば、誰よりも上品に 軽やかに歩けるようになるのです。 しかし、もう二度と、モン魚の娘に戻ることはできないのです。 そして、もしもモン魚姫が心をよせる彼が、他の女性と 結婚しようものなら、その次の朝には、 泡になってしまうのです。 魔法使いは、代金として、誰よりも 美しいモン魚姫の声を要求しました。 モン魚姫は、声が出なくなってしまいました。 渡された薬を飲み、目覚めますと、 激しい痛みを体に感じました。 目を上げてみると、純白色の彼が、 じっとモン魚姫を見つめていました。 思わず目を伏せると、魚のしっぽはいつの間にか消えて、 世にも美しい小さな白い鳥の足が生えていました。 優しい彼は、これからはいつも自分のそばにいるようにと言いました。 一日ごとに、彼は、モン魚姫のことが好きになりました。 といっても、おとなしい、かわいい子供をかわいがるように、 モン魚姫をかわいがっていたのです。 『ぁぁ・・・彼は、アタシが命を助けてあげたことを知らないんだわ。 アタシが、海岸まで連れて行ってあげたのに・・・。 助けた後に来たあのきれいな娘さんのことを好きになっている・・・』 声をだせないモン魚姫はやるせない気持ちでいっぱいだった。 そのうち、彼は、船の上で、 その娘さんと結婚式をあげることになりました。 モン魚姫は、大好きだからこそ、彼の幸せを祝福しました。 しかし、胸は今にも張り裂けそうでした。 彼が結婚すれば、モン魚姫は、その翌日には、 海の泡となってしまうのです。 結婚式の翌日、モン魚姫の姉妹たちが、 モン魚姫を心配して海から浮かびやってきました。 魔法使いから、自分たちの羽と引き換えに、 もらったナイフをモン魚姫に渡しにきたのです。 それで彼の心臓を突いて、その血が足にかかれば、 また鳥の足はしっぽになり、三百年間生きられるのです。 モン魚姫は、彼の枕元に立ち、ナイフをじっと見つめました。 手の中で、ナイフが震えました。 その瞬間、ナイフを遠くの波間に投げ捨てました。 そして、船から身を躍らせて、海に飛び込みました。 モン魚姫の体は、泡になっていきました。 そのとき、モン魚姫は、生まれて初めて、 涙が頬をつたわるのをおぼえました。 『・・・モン魚姫の魂は、本当に泡になって 消えてしまったと思うかい?』 老婆は、話終えるとウルウルと涙を流しながら 話を聞いていたちぇりこに問いかけた。 「ぅ〜〜〜ん・・・」 ちぇりこは、羽でゴシゴシと、 涙をふきながら曖昧な返事をした。 老婆は、ガサゴソと袋の中から、小さなピンクの貝殻を ちぇりこの手のひらに乗せた。。 ちぇりこは、左手に乗せられた貝に見とれていた。 「きれーーーーー・・・」 そこには、太陽の光で透明にすけて、 淡いピンク色をした小さな貝が輝いていました。 ピンク貝は見たことあるけど・・・ この貝は・・・他のどんな貝より、キレー・・・ 老婆は、話を続けた。 『モン魚姫は、実は、海の泡にはならなかったんだ。 ちゃんと形になったんだよ・・・ しかも、美しくね』 ま・・・まさか!! ちぇりこは、手のひらにある小さな桜貝を見つめた。 「おばーちゃん・・・もしかして・・・」 『そう・・・』 『そのまさかじゃよ〜』 老婆は、ニヤリと初めて笑った。 『こんなにこの貝が光輝いてるのはね・・ モン魚姫の魂が、この桜貝になったからじゃよ』 小さいちぇりこは、目をまん丸くして、その貝を見続けた。 『その貝が欲しくなったかい?』 ・・・ぇえ?! 「くれるの?!」 『だけど、条件があるよ』 老婆は、桜貝を乗せているちぇりこの手の上にそっと 手を置いて言った。 『これは、どこにもない。 たった一つの貝じゃ。 私にとって一番大切なものじゃよ。 だから、あなたの一番大事なものと交換しよう』 ・・・ぇ。 「欲しいけど・・・」 一番大切なものって・・・ 徐々に、日が暮れてきた。 島が赤く染まり、波がだんだんと高くなっていく。 と、突然、 海岸で話してるちぇりこ達に、 一段と高い波が押し寄せてきた。 ざぶ〜〜〜〜〜ん!! 「ゎぁ!」 波しぶきが、少しだけ羽にかかったが、 ちぇりこは波をよけた。 ・・・ぁ・・・あれ?? 気がつくと、一瞬のうちに目の前から老婆は消えていた。 ちぇりこの手のひらには、夕焼けに染まった桜貝が キラキラと輝いていた。 「見てみて!!wかりおねーたんっ!!w」 帰ると、ちぇりこは、かりに桜貝の事を話し、自慢した。 「キレーでしょーー☆」 ちぇりこは、目を輝かせた。 「ほんと、キレーだねぇ〜〜w」 いつでも、妹想いのかりは、満足そうにしているちぇりこを見て、 優しくほほえんだ。 かりにとっては、そんな貝より、ちぇりこの笑顔が好きだった。 「これからお夕飯作るからね☆」 そう言うと、かりは、台所に入って行った。 「ぁ〜ぃwwおなかすいたぁ〜〜〜w」 ちぇりこの無邪気な声が、部屋中を明るくさせる。 かりとちぇりこは、物心がついた時には、 すでに、両親ともいなかった。 今までずっと、2人でささえ合ってきた。 妹想いのしっかり者の姉のかり。 何にでも興味津々で音楽好きなちぇりこ。 とても、とても、仲のいい姉妹だ。 しばらくすると、かりが作るおいしい料理の香りが漂い始め、 ちぇりこの楽しい会話とベルの演奏が聞こえてくる。 かりとちぇりこの家の明かりが、今日も優しく灯る。 静寂な夜の中、ザザーと、波の音が鳴り響いていた。 翌日、うさママが、料理を作りにきてくれるという。 うさママは、かりとちぇりこの親代わりと 言ってもいいくらいの存在。 2人のために、週に何回か料理を作りにきてくれるのだ。 かりとちぇりこは、いつも本当の母親のように、うさママを したっていた。 ポーーーーン。 玄関のベルが鳴る。 「キタ━━(゚∀゚)━━!」 ちぇりこは、玄関に走り出す。 「いらっしゃーぃ!w」 かりも、ちぇりこの後を追い、2人で うさママの周りをグルグル回って歓迎した。 楽しい日常に、ちぇりこは、すっかり 老婆の話の事を忘れていた。 「はぁ〜ぃwお昼ごはんができましたよぉ〜w」 美味しそうなシチューの香りを漂わせて、うさママが 台所から、顔出した。 「わーーぃ!!w」 2人はお皿を持ちながら、うさママの足元まで走って行った。 声をそろえて、 「いただきまぁ〜〜す☆」と、言うと、 かりとちぇりこは、食べ始めた。 「おいちぃ〜〜〜☆」 「やっぱ、うさママだぁ〜w」 「ほっぺが落ちそぉ〜〜w」 2人は、満足そうに沢山おかわりして食べた。 そんな2人を見て、うさママは、ほほえんだ。 チラリと視線を落とすと、あの日にもらった桜貝が光っている。 「あらwこれキレーねぇ〜w」 うさママは、桜貝を手に取った。 「あwそれwww海岸にいた 知らないおばーちゃんにもらったんだよw」 ちぇりこが、その時の様子を楽しそうに話し出す。 話し終わると、 うさママは、くもった顔で、ちぇりこを見つめていた。 「ちぇりちゃん・・・」 いつになく、うさママの表情は真剣だ。 「これは、迷信だと思っていたのだけど・・・」 「よくね、アタシのおばーちゃんから聞かされていたのよ」 うさママは記憶をたどるように、ポツリポツリと話し出す。 「海岸にいる老婆が、売っている物を買うと・・・」 「一番大切な命を奪い取られていくと・・・」 ・・・ぇええ!!!!! ちぇりこは、息を飲んだ。 あちしの命が?! 取られちゃうにょ??!! かりもその話に凍りついた。 ちぇりこは怖くなり、だまって、 かりの腕にしがみついた。 「大丈夫・・・ちぇりこ」 かりは、そう言うと、ちぇりこの小さな肩を抱いた。 その日から、うさママは、心配になって毎日のように うちに来てくれた。 数日が経ち。 ちぇりこは、ピンピンとしいる。 ・・・しかし・・・ うさママの作った料理を毎日食べているのにもかかわらず かりが、だんだんと、日に日に弱って行く。 そのうち、食べ物ものどを通さなくなった。 「かりおねーたぁ〜〜ん・・・」 ベットで横たわるかりの隣で、ちぇりこが涙ぐむ。 「あちしが・・・あんな貝もらうから・・」 「こんなことにぃ・・・」 ちぇりこは、泣きじゃくった。 でも、こーしてもしてらんない!! ちぇりこは、涙をふくと、思いたったように立ち上がった。 そして、あの桜貝を握りしめ、海岸の方へ走って行った。 老婆の姿は、あの日以来見かけなくなってしまった。 ちぇりこは、海へ飛び込むと、無我夢中で泳ぎまくった。 かりおねーーちゃんだけはっ!! お願い助けて!!! あちしの命あげるからぁぁぁ〜〜〜〜!! 「おばぁぁぁぁあ〜〜〜ちゃ〜〜〜〜ん!」 「出てきてぇ〜〜〜〜おねがいぃ〜〜〜!」 波に飲まれそうになりながら、 必死に、ちぇりこは、泳いだ。 何時間泳いだ事だろう。 ちぇりこの体力は限界に近かった。 突然の大波がちぇりこ目掛けてやってきた。 ザブ〜〜〜〜〜ン!!! ・・・ぁ・・・ぁぁぁぁああああ・・・!!! 大きい波に飲まれた拍子に、ちぇりこの手から フワリと桜貝がこぼれた・・ 桜貝は、水面の光に反射し、 キラキラと輝いて海底に落ちてゆく・・・ ちぇりこの顔が真っ青になった。 桜貝がっ!!! 海に潜っても、鳥は、魚のように海底まで行くことができない。 ちぇりこは、それでもあきらめずに、 もぐっては水面に顔をだし・・・ もぐっては、顔をだし・・・ 繰り返す。 ーーーーその時ーーーー まぶしい光が、海底からさしてくる。 な・・・なんだろ・・・。 ちぇりこは、水面に顔をつけて、海の中の様子を見た。 ーーーーーーーーーー!!! そこには・・・・・・・・・・ モン魚姫の姿が、うっすらとたたずんでいたのだ。 「×△□×○△ーーー?!(モン魚姫ぇーーー?!)」 ボゴボゴ!!! ちぇりこは、あまりに驚いて、思わず海水の中で、 しゃべってしまった。 「うは!!!」 バチャ!! あまりの苦しさに、海面に顔を出し、 水面を覗き込む。 そこには、はっきりと、モン魚姫の優しい笑顔が、 波に揺られてユラユラ見える。 モン魚姫と出会ってた事実と、それは、それは、 美しいモン魚姫の姿にちぇりこは、言葉を失った。 『ありがとぉ・・・』 モン魚姫は、ちぇりこに向かって話し始めた。 ぇ・・・なんで、ありがとうなのら・・?! ちぇりこは、少し錯乱した。 『アタシ・・・ずっと、 この生まれ育った海に帰りたかったの』 『でも、あのおばーさんの手に渡ってしまって・・・』 『あなたが、アタシを助けてくれて』 『やっと、海に帰る事ができます』 『お礼に、一つだけ、願い事を叶えましょう』 そう言うと、ちぇりこの傍までやってきた。 「かっかりおねーちゃんを助けて!!!」 「あのおばーちゃんが・・・ かりおねーちゃんの命を奪おうとしてるのっ!」 ちぇりこは、懸命にお願い事を口にした。 『わかっていますよ』 モン魚姫は、優しい眼差しで言う。 『あなたは、アタシと同じね』 『アタシも、一番大切なものは、あの方だった』 モン魚姫は、彼の事を想いとても優しい表情をした。 ちぇりこにとって、一番大切なもの・・・ それは、自分ではなく、姉のかりだった・・・ 『心優しいあなたは、きっと、素敵な女性になるわ』 そう言うと、にっこり微笑み、 静かに暗い海底に吸い込まれていった。 ちぇりこは、今あった出来事に理解できず、 少しの間、ただ呆然としていた。 家に帰ると、いつものかりが、 ちぇりこの帰りを待っていた。 「かりおね〜〜〜たぁ〜〜〜ん!!」 ちぇりこは、ものすごい勢いで、 かりのところへ駆け寄る。 「急に元気が出てきたのぉーw」 かりは、パタパタと羽を動かした。 そのかりの姿を見て、 「良かったぉ〜〜〜〜(;m;)」と、 涙目になりながら、ちぇりこは喜んだ。 「ちぇりこ。あたしも、一番大事なのは、ちぇりこだよ」 かりは、ちぇりこの耳元でささやいた。 ひしと、2人は抱き合った。 うさママは、その光景に安心し、そっと帰って行った。 「ぁwお夕飯の支度しよっかw」 島は、もぉ、日が暮れかけてきていた。 かりとちぇりこは、いつもより、きつく手をつないで、 家の中に一緒に入っていった。 『あのねあのねーー!w かりおねーたん聞いてー!w 今日ね今日ね!!w ビックリすることがあったんだよーw』 また、ちぇりこの楽しい話が始まる。 月明かりの中、波は優しく打ち寄せていた。 今でもなお、モン魚姫は、彼を想いながら、 深い深い海の底で、静かに眠っている・・・。 ― END ― メニュー
♪深海人魚

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