『魂の眠る場所』 暖かい春が過ぎ、島には、シトシトと暖かい雨が降り続いていた。 少し曇った空が、島を静寂に包み込んでいた。 瑞亡は、老いた羽をパサパサと動かし、 体についた雨の雫を振り落とした。 瑞亡は、雨が好きだった。 好きな雨の湿気をおびたニオイを身にまとい、 シトシトと降る雨音に耳を傾けた。 心を落ち着かせてくれる雨を 瑞亡は、木陰からただぼんやりと見ていた。 あの日から止まった心と裏腹にきざむ時間。 気づけば、この島の長老になっていた。 瑞亡は、若かりし時の思い出をそっと暖めるように、 雨でぬれた大地に羽をついた。 そして あの かけがえのない日々を 瑞亡は、思い出していた。 あの日も、こんな小雨が降っていた。 灰色の空を仰いで、雨を見ていると、 小さくて可愛らしいピンク色の頭をした はづきが舞い降りて来たんだ。 はづきは、その曇った天気の中、 雨にうたれながら、気持ちよさそうに クルクルとまわっていた。 はづきのその嬉しそうな笑顔に、思わず、 瑞亡は、はづきのところへ近づいて行った。 はづきは、瑞亡の姿を見て、何故かビックリしていた。 そして、声が出せないのか、 はづきは、ただただ、瑞亡の事を見ていた。 はづきは、しゃべる事ができないようだった。 しかし、瑞亡は、そんなはづきに、 優しくたくさん話し掛けた。 はづきの表情は、とっても明るく、その笑顔だけで、 瑞亡には、十分気持ちが伝わってきた。 その笑顔が見たくて、 瑞亡は、はづきとずっと一緒にいたいと思った。 しかし、雨があがるとその姿は、見当たらない。 はづきは、不思議と雨の日しか現れなかった。 瑞亡は、雨の日がいつしか、すごく好きになっていた。 雨の日が待ち遠しくて、いつも空を眺めていた。 たくさんの雨が、大地に降りそそぎ、 瑞亡の庭には、色鮮やかなアジサイの花が咲いた。 雨雲が近づいてくると、瑞亡は外へ出て、 心地いい雨にあたりながら、 はづきの事を待っているようになった。 瑞亡は、アジサイの葉の上を歩くカタツムリを 幸せそうに眺めていた。 瑞亡は、はづきと一緒にいる時間も幸せだったが、 はづきを待っている時間も、とてもとても幸せだった。 いつしか、瑞亡は、はづきの事が 心から離れなくなっていった。 はづきもまた、 そんな優しい瑞亡に心を惹かれていった。 「キレイだろw」 瑞亡が、目を輝かせてアジサイを見るはづきに話し掛けた。 「この庭いっぱいに、アジサイの花を咲かせてやるからなw」 はづきは、更に嬉しそうな顔して、 パタパタと羽を羽ばたかせて喜んだ。 はづきの嬉しそうな素振りに、瑞亡も嬉しくなり、 はづきと同じように、パタパタと羽を羽ばたかせた。 僕達は、とてもとても幸せだった。 そのうち、瑞亡は、雨があがると、 姿を消してしまうはづきの事が 気になって、しょうがなくなった。 「はづきぃ〜」 ふと、声をかけると、 はづきは、純粋な眼差しで僕を見つめてきた。 思い切って、瑞亡は、その瞳に話し掛けた。 「はづきは・・・」 「いつも、雨が上がると、どこへ行ってしまうの・・?」 すると、少し悲しい顔して、はづきは目をふせた。 あまり見せないその表情に、瑞亡は、口ごもり、 それ以上、はづきに、その話はしなかった。 雨の日にしか会えないが、 このままでも、いいと・・・ 瑞亡は、思っていた。 春の暖かな雨が、 瑞亡とはづきの幸せを願うかのように、 静かに降り続いた。 しかし、幸せは、そう長くは続かなかった。 夏が近づき、雨が降らない日が多くなったのだ。 瑞亡は、はづきに会いたくて、会いたくて、 真っ青に澄み渡る夏の空を見上げ、ため息をついた。 はづきへの想いが、 日に日につのる一方、 空は、あざ笑うかのように晴れ渡った。 そして、晴れれば晴れるほど、 瑞亡の心は雲っていった。 瑞亡は、ただ、ただ雨が降るのを待ちわびた。 庭のアジサイは、まぶしく暑い太陽の光に、 徐々に色あせていった。 そして、数日後。 瑞亡の願いが通じたかのように雨が降り出した。 しかし・・・ その雨は、春の雨とは違い どしゃぶりの雨。 瑞亡は、どしゃぶりの雨の中、はづきの姿を求めて 外へ走り出した。 「はづきーーー!!」 僕は、知らない間に名前を叫びながら探していた。 ところが・・・ 雨の日に必ず姿を現した、 あの小さくて可愛らしいはづきの姿は、 どこにもなかった。 瑞亡は、泥でよごれた羽を洗い流すかのように、 どしゃぶりの雨の中、立ち尽くしていた。 夏が過ぎ、秋が過ぎ・・・ 凍るように寒い冬が来た。 はづきの温もりを知ってしまった瑞亡には、 その冬が、とてもとても寒く感じられた。 凍えそうな冷たい雨の日にも、 瑞亡は、外に出て、はづきを探しまわった。 いつか、自分の元へ帰ってくると・・・ 信じていた・・・ はづきの面影を思い出しては、 踏みつぶされそうな想いに、 瑞亡は、冷えたその自分の体を抱きしめた。 そんな瑞亡にも、 再び、暖かな日が差し込む春がめぐってきた。 瑞亡は、あの日、はづきに話したように、 庭にたくさんのアジサイの花を植えた。 そして、シトシトと降る雨の中、 庭一面に、アジサイの花が見事に咲き乱れた。 それは、それは、美しい光景だった。 はづきと一緒に見たアジサイを見ていると、 あの日のはづきの笑顔を思い出し、 少しだけ幸せな気分になった。 そう・・・ はづきとの日々が、 思い出に変わろうとしていた。 そんな矢先。 はづきは、瑞亡の目の前に、姿を現したのだった。 雨の中、あの日と変わらない笑顔を向け、 はづきは、瑞亡にフワフワと手を振っていた。 もう会えないのかと思っていた瑞亡は、 夢ではないかと、目をこすって、 はづきの姿を凝視した。 「はづきぃーーー!!」 「どこ行ってたんだよ〜〜〜!」 慌てて、瑞亡は、はづきの近くまで駆け寄った。 「心配したんだぞーー!w」 そう言うと、 瑞亡は、小さなはづきを優しくそっと包み込んだ。 このまま雨が、止まなければいいーーー。 瑞亡は、目をとじて、体に降りそそぐ雨と、 自分の手の中にいる はづきの温もりを感じた。 もう、はづきを離したくないと、瑞亡は思った。 そして、どこへ、消えてしまうのか 瑞亡は、はづきから目を離さずにじっと見ていた。 雲の隙間から、日の光が差し込み、 雨が上がろうとしたその瞬間。 ふっと・・・ はづきの姿が消えていったのを 瑞亡はしっかり見た。 そして、その視線の先に、目を移すと、 海の波間で、何やら動く白く大きな生き物が、 ザブ〜〜ンと音を鳴らして、 急いで泳いで行くのが見えた。 瑞亡は、目を疑った。 まさかと思った。 あれが・・・ はづきの本当の姿なのか・・・ 瑞亡は、海岸にたたずみ、 ただ遠い海を見ていた。 灰色の空は、海を群青色に染めていた。 はづきとは、住む世界が違うなんて、 瑞亡には、考えられなかった。 でも・・・ はづきは・・・ はづきじゃないか・・ 瑞亡は、ある雨の日、海岸で、 アジサイの花束を持って、 はづきの事を待っていた。 ザブ〜〜〜ン・・・ 遠くから大きな波の音が聞こえてきた。 それが、はづきだと、瑞亡は、気づき、 はづきが来る海のへと、 瑞亡は、大きくジャンプすると、 はづきのところへと泳いだ。 そこには、大きな大きな色の白い大蛇が、 海の波に乗って静かに泳いでいた。 体は大きく、いつもとは全く違うはづきだが、 その雰囲気と瞳で、 瑞亡は、それがすぐにはづきだとわかった。 「いつも、大きなこの海を渡って・・・ 僕のところへ来てくれてたんだねw」 「はづき・・・wありがとう・・・w」 瑞亡は、そう言うと、 そっと、アジサイの花束を、はづきに差し出した。 だから、いままで、身をひそめていたんだね・・ つらかっただろうに・・・ 瑞亡は、大きなはづきの白い体を優しくなでた。 はづきの大きな瞳から涙が、 ポロポロとこぼれ落ちた。 はづきは、体が大きくても、 心は、小さな小鳥の時のはづきと同じだった。 とても穏やかで優しかった。 それからというもの、 天気がよく晴れ渡る日には、 陸に上がれないはづきを気遣い、 瑞亡が、はづきがいる海へと泳いだ。 瑞亡とはづきは、住む場所が違うが、 幸せに暮らし始めた。 そんなある日。 ある噂が、島中に広まった。 この海に大蛇がいると―――。 はづきは、瑞亡と一緒にいたいあまり・・ あまりにも島に近づいてしまったのだ。 島の鳥たち、皆が、その大蛇を恐ろしいものだと 決めつけていた。 そして、あの恐ろしい出来事が起こったんだ。 それは、雷が鳴り、雨雲がたちこめ、 今にも雨が降り出しそうな日だった。 強い鳥達が、大きな大蛇のはづきを見つけると、 次々に、するどいクチバシで、 はづきの白い体をつつきだしたのだ。 その事を、何も知らない瑞亡は、 海岸ではづきが来るのを待っていた。 真っ黒な雨雲が、辺りを包み、 昼間だというのに、夜のようだった。 そのうち、ザーザーと雨が降り出した。 なかなか来ないはづきを、瑞亡は心配し、 豪雨の中を泳ぎだした。 何か胸騒ぎがしていた。 豪雨で、いつも以上に波が高かったが、 瑞亡は、無我夢中で泳ぎ続けた。 遠くで、鳥達が騒ぎ立てているのが見えてきた。 「!!!!!!!!!」 瑞亡は、はづきが、襲われているのではと、 薄暗い視界の中、荒れる黒い海を必死に泳いだ。 すさまじい数の鳥達に囲まれ、 白い体から沢山の血を流している はづきの姿が見えてきた。 「やめろぉーーーーーーー!!」 瑞亡は、その攻撃している鳥達に叫んだ。 「その大蛇は、心優しい大蛇なんだーー!」 しかし、鳥達は、聞く耳を持たない。 徐々に、はづきは、泳ぐ力をなくし、 ぐったりと、水面に体を浮かせた。 痛々しい傷をかばうように、 瑞亡は、はづきの前にはだかった。 鳥達は、瑞亡も、大蛇の手先だと言い、 攻撃してきた。 瑞亡の体は、ボロボロになり、 翼は傷だらけで、もうこれ以上泳げない。 そして・・・ 瑞亡の体は、海の波の上にグッタリと横になった。 鳥達は、動かないはづきと瑞亡を見ると、 バタバタと音を立てて、去って行った。 しかし、はづきは、まだ生きていた。 大きな体をうねらせ、瑞亡の近くまで泳ぐと、 海の上を漂っている傷だらけの瑞亡の体を たくさんの傷を負っているその背中に乗せた。 こんなになるまで、アタシのことをかばってくれて ありがとう・・・ はづきの目から、キラリと涙が落ちた。 はづきは、何百年も生きてきた。 そして、瑞亡に会って、生まれて初めて、 愛するという事を知った。 しかし・・・ その瑞亡は、もういない・・ それでも・・きっと、この先も、 ずっと、また何百年も生き続けるであろう。 でも・・・ この想いを抱いたまま生き続けるのなら いっそう・・・ この命を瑞亡にささげよう・・ そして・・・ アタシは・・ ・・・アナタが羽を休める土になりたい・・・ それが、アタシの最後の願い・・・ はづきが、心に強くそう願うと、 はづきの大きく白い体が、静かに砂に変わっていった。 瑞亡が、気がついた時には、 もう、はづきの姿はなかった。 ただ、白い大地の上に横たわっていた。 見知らぬ島だった。 よくよくその地形を見て、瑞亡は、愕然とした。 その形は、まさしく はづきだったからだ。 ―――まさか――― はづきがこんな変わり果てた姿になるなんて・・・ 瑞亡は、言葉を失った。 僕は・・・はづきを・・ 守る事ができなかった―――。 瑞亡は、地に羽をつき、涙をこぼした。 なんて・・・ 鳥なんて、弱いものなのだろう――。 瑞亡は、自分の弱さに、心を打ちのめされた。 ・・・はづき・・・ごめんよ・・・ 瑞亡は、その白い砂に、たくさんの涙を落とし そっと頬をよせた。 それから、瑞亡は、その島に、 たくさんのお花を植えた。 春には、愛らしいチューリップの花を。 夏には、太陽のようなヒマワリの花を。 秋には、色とりどりのコスモスの花を。 そして、はづきの大好きなアジサイの花を・・・ 島中に、たくさんたくさん植えた。 まるで、はづきを飾るかのように・・・ いつしか、果物がたわわに実る木がたくさん生え、 はづきの事も知らない沢山の鳥達が、 この島に住むようになった。 何十年という歳月がたち、 瑞亡は、この島を・・ はづきを・・ 守ってきた。 しかし、瑞亡は、 はづきへの想いを背負いながら あまりにも長く生きすぎていた。 小雨の降る中、 瑞亡は、疲れた体を、引きずりながら、 ピンクに染まったアジサイの所まで行くと、 その老いた羽で、優しくそっと、アジサイをなでた。 ・・・やっと・・・ はづき・・・一緒になれるんだね・・・ そう言うと、 瑞亡は、安心したように微笑み、 白い土の上に、パタリと、倒れた。 瑞亡は、静かに、はづきの土へと還っていった。 シトシトと降る雨の中、 ピンクに染まったアジサイの花びらが、 雨の雫をうけて、ユラユラと静かに揺れていた。 その姿は、 まるで・・・ あの日、瑞亡に向けられていた 優しく微笑む はづきの笑顔のようだった。 ― END ―    メニュー
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