『 碧空の彼方に 』 ――― 空 ――― 雲一つない真っ青な空のはずなのに、 その瞳に映ったのは、灰色の空 。 どんなに晴れ渡った空を見ても 曇ったままだった・・・ 真っ青な空が、カランと心を通り抜ける。 サラは、その空虚な感覚に、寂しさを感じうつむいた。 どんなに晴れ渡っても、 寂しい心が、その空を寂しい色に変えて行く。 楽しそうに笑い合う鳥達を横目に、 冷えきった心が、春風と一緒に宙を舞い、 行くあてもなく、サラは飛び続けた。 サラは、緑に覆われた静かな島にたどり着くと、 大きな木の頂上に腰をかけ、その身を休めた。 楽しそうな鳥たちの声が聞こえても、サラは、 その鳥達には近づかなかった。 以前のサラなら、近づいてワイワイと 楽しい時を過ごしただろう。 しかし、そうしないのは・・・ 同じ場所にずっと居る訳にはいかなかったから・・・。 サラは、一国の姫だった。 小さい頃から城の大きな窓から街並みを見下ろしていた。 その外の景色は、なんだか、楽しそうで、 外の事を全く知らないサラは、 たまに耳に届く音楽や鐘の音に胸を時めかせながら聞いていた。 そして、その街並みは、別世界のように サラの目に輝き、映っていた。 自由に外に出る事も許されず、 いつも、誰かしらの監視下におかれていたサラにとって、 窓から街を眺める事が、唯一の楽しみだった。 大人しく、周りの言う事を聞いていれば それでいいと思っていた。 いい子でいれば、父や母も喜んでくれる。 だから・・・いい子でいよう。 サラは、自分の意思を伝えずに、 本当の気持ちを心の奥に押し込め、 小さな頃から、見えない仮面をつけているようだった。 数年が過ぎ去り、幼さが少し残っていたが、 サラは、誰もが振り向くほど可愛い少女に変わっていた。 月日が過ぎても、サラは外へ出たいと言う 気持ちはふくらむばかり。 アタシは・・・ 自分の好きな道を選ぶ事のできないまま、 周りに従って生きていく事しかできないのだろうか・・・ 自問自答の日々を繰り返し、 ある夜。 覚悟を決め、サラは、生まれ育った その城をそっと抜け出した。 がんじがらめにされた日々に・・・ そして、敷かれていたレールに・・お別れし、 自分の人生を自分の足で歩きたいと、 サラはその羽を遠くへと強く強く羽ばたかせた。 自由を手に入れたサラは、 本当に知らない事が沢山あったのだと あらためて、思い知った。 青空が、こんなにも大きく澄んでいるいう事。 海は、こんなにも青く、深く、 水平線の向こうにもずっと続くくらい広がっていると言う事。 肌を焼き付けるほどの太陽の熱さ。 ふわりと吹く風の清々しさ。 広がる花畑から漂ってくる花の甘い香り。 サラは、草むらに、コロンと転がって、 雲一つない澄み切った水色の大空を見つめ、 空気を体中に吸い込んだ。 こんな風に、草むらに寝転ぶなんて、 絶対にできない事だった。 土と草の香りがこんなにも、 心を落ち着かせるなんて思った事もなかった。 サラはそっと瞳をつぶり、太陽の暖かさを感じながら、 生まれて初めて、『 生きている 』と、感じていた。 その頃、城の中では、姫がいなくなったと、 大騒ぎになっていた。 姫が城からいなくなったなんて、世間に知れ渡れば、 悪人達の手に渡り、金銭目的で脅迫をも、されかねない。 王は、今までサラを大切に育ててきただけに、頭を悩ませた。 幸い、大事な行事以外は、 城の外にほとんど出した事がなかった為に、 姫の顔は、さほど、世間に知れ渡っていなかった。 サラが街中を歩いても、誰にも気づかれないだろう。 そして・・・ 王は、内密に、国の中でもかなりの腕を持つ 優秀な騎士5人だけに、本当の事を伝え、 一刻も早く、連れ帰るように命じた。 もちろん、連れ帰らせてくれた騎士には、 莫大な報酬を約束した。 命じられた5人の騎士は、その報酬の額に、 意気込み、バラバラに旅立った。 そして、姫を探し出そうと、 競うように必死に毎日駆けずり回った。 そんな ある日。 サラは、騎士の中の一人に出くわし、 父の命令で騎士達が、自分を探している事を知った。 力ずくで連れ帰そうとする騎士に、鋭いクチバシで突付くと、 小さくすばしっこいサラは、どうにか逃れる事ができた。 それからと言うもの、サラは、 身を潜めるように木陰や目立たない場所を選び、体を休めた。 そして・・・点々と旅をしなければ ならなくなった。 一箇所にずっといては、見つかってしまう。 ここで連れ戻され、再び、お城の中で暮らすなんて、 サラには、真っ平だった。 だから、沢山の仲良くなった友達に別れをつげ、 知らない島へと羽ばたかせた。 島から島へ・・・ 幾度も旅を続けた。 サラは、旅を続けた事で、 他の鳥よりも数多くの鳥と知り合えた。 しかし、知り合った数だけ、別れが来た。 楽しい仲間ができれば、 別れがどんなにツライのか・・・ 身にしみるほど知った。 楽しい事があれば、あるほど、 ツラサが倍に来るだけ・・・ 親しい友になれば なるほど、 どんなに苦しい悲しみが訪れるか・・わかっている。 どんなに つらくても、「またね!」と、笑顔で別れた。 友には、決して涙を見せなかった。 友に背を向けると、我慢していた涙があふれ、 景色がかすんでいく。 皆に心配させないように・・・ サラは、必死にその涙を隠し、寂しさをこらえ、 振り返らず、まっすぐ飛び続けた。 出会いがあるから、別れがある。 楽しい思い出があればあるほど、 寂しさが倍におそってくる。 だから・・・ ・・・楽しい思い出は、いらない。 ・・・優しさなんて、いらない。 ・・・友達は作らない。 ・・・誰も信じない。 ・・・恋はしない。 サラは、いつの間にか、自分の心に、大きな壁を作っていた。 新しい島にたどり着けば、沢山の鳥達が、 一羽でいるサラの周りに集まり、 遊ぼうと声をかけた。 それでも、サラはそっぽを向いた。 同情なんていらない・・・と。 意地を張り、我慢することを覚えていく。 いろいろな事を知れば、知るほど、 強がる心が増えて行く。 そのうち、仲間に入らないサラを見て、 鳥達が騒ぎ立てる声が、 自分への悪口のように聞こえてきた。 耳をふさいでも、それは手の間をすり抜けて、 サラの心をわしづかみにして離さない。 ・・・真実なんて、邪魔なだけ・・・ 最後に傷つくのは自分なのだから・・・ サラは、懸命に耳をふさいだ。 ― 知らない方が楽でいい ― ― 独りでいた方がいい ― 冷たい空気だけが、自分を取り巻いて、 独りぼっちの空虚な毎日が過ぎていく。 周りはせわしなく動いてる その中で、 サラだけが、独りポツンと、 取り残されているようだった。 傷つかない為・・・ 自分を守る為・・・ そう思い、独りになった事は、返って、 自分で自分の心に深い傷跡をつけた。 誰にも見せない、心の中は・・・ とても、とても、冷えきっていた。 寂しい心が、日に日に増していく。 しかし、サラは、悲しみをこらえ、 涙を決して流さなかった。 涙を流したら・・・ 自分が惨めに思えるから。 それに・・ 自分が選んだ この道に・・・ 自分自身にさえも・・・ 負けてしまうような気がしたから。 どんなにツライ時でも、サラは、息を殺し、ぐっと涙をこらえた。 しかし、そんなツライ旅の中で、 サラは、過去に、たった一度だけ、 心から愛した男性がいた。 その男性の名は、シュヴァルツ。 彼は、姫を連れ戻す事を任命された騎士の一人だった。 城の中にいるサラをよく知っていたシュヴァルツは、 礼儀正しく、文句ひとつ言わない姫が、 どうして自由を求め、突然、城を抜け出したのか・・・ 不思議でならなかった。 お金の心配もなく、裕福な環境で、 好きなだけ美味しい食べ物も食べられ、 欲しい物もすぐに手に入り、 優雅な時間をおくれる。 何の問題もないと思っていた。 普通の家に生まれた鳥から見れば、 羨ましがられる生活ぶりだった。 姫を連れ帰る為に、シュヴァルツは、 騎士だと知られないように、 普通の鳥を装い、サラに近づいた。 そして・・・ ひどくやつれた サラの表情に愕然とした。 城にいた時とは別人のように、羽は薄汚れ、 やせ細り、ひどく疲れているようだった。 そんなサラに、シュヴァルツが、 どんなに優しく話し掛けても、全く返事がなかった。 城から抜け出した時から、ずっと、 騎士達から逃げ続け、 友も作らず、一人ぼっちで・・・ どんなにツライ旅を・・思いをして来た事だろう。 自由になっても、なお・・・ 身を潜めるように毎日を過ごし、 本当の自由を手に入れていないサラを目の当たりにしていた。 サラは、何をする事もなく、 ただ、ぼんやりと空を眺めていた。 言葉さえも忘れてしまったかのように、 サラは、全く何も話さない。 城から抜け出した時の意力さえも感じないその背中を シュヴァルツは、悲しそうに見つめた。 サラの背中は、 とてもとても小さく・・・ とてもとても寂しく見えた。 そして・・・ 悲しみをこらえているようだった。 そんなサラの気持ちをくみ取るように、 シュヴァルツは、背後から優しく話し掛けた。 「今まで、つらい事があったんだね・・・」 その言葉に、ブラブラと動かしていたサラの足の動きが ハタっと止まった。 「寂しかったのなら、つらいのなら・・我慢しないで」 「泣いたらいい」 「どうして、そんなに強がる?」 「泣けば、少し楽になる・・・」 「それに・・・、涙は・・」 「強さへつながってる」 「涙は、次に進む力になってくれるよ」 「  泣く事は・・・弱さじゃない  」 優しいシュヴァルツの言葉が、 誰の言葉も受け入れようとしなかったサラの胸に響いていた。 泣く事は弱さだと思い、 決して涙を流さないと・・・ ずっと、ずっと我慢してきた。 つらかった想いがこみ上げ、 サラの瞳から大粒の涙が、次から次と溢れ出し、地面をぬらした。 今まで誰にも涙を見せなかったサラは、初めて、 シュヴァルツの前で、肩を震わせ、うつむき泣いていた。 シュヴァルツは、本当はサラを連れ戻しに来た騎士だと、 言えないまま、しばらくの間、サラと一緒に旅をした。 身も心も、やせ衰えたサラを放っておけなかったから。 そして、日が経つにつれて、 サラは、少しずつ、シュヴァルツに心を開き、 生まれて初めて恋をしていた。 ずっと、シュヴァルツと旅を続け、 ずっと、一緒にいたいと思っていた。 しかし、ある日の夕暮れ。 シュバルツは、自分以外の騎士が、 姫を連れ帰らせようと、身を潜め、 サラの背後から今にも捕らえようとしている姿を発見した。 シュヴァルツは、その騎士よりも早く舞い降り、 姫を抱き上げると、大空へ飛び立った。 もう一歩遅かったら、サラは国へ連れ戻される所だった。 しかし・・・ サラは、シュヴァルツの腕の中で、振り返り、 自分を捕らえようとしていた騎士の姿を見てしまった。 すごいスピードで騎士は追ってくる。 シュヴァルツも、負けまいと、スピードを上げ、 森の中に入り、相手の目をくらませた。 騎士が追ってこない事を確認すると、 シュヴァルツは、そっと、サラを降ろした。 「シュヴァルツ・・・どうして、アタシが・・」 「追われている事を知っているの?」 不安そうに見つめるサラの瞳が揺れている。 「・・・姫・・・」 「私も、あのさっきの騎士と同様・・・」 「姫を連れ帰るように任命された一人なのです」 サラは、耳を疑った。 「しかし、私は、姫・・貴方を連れ帰る事などできない・・・」 シュヴァルツは、サラを連れ戻す為に、 余りにもサラに近づきすぎてしまった。 「アナタが、どんな想いで、旅を続け・・」 「自由を手に入れたいか、知ってしまったから・・」 「自由に生きられるように、ずっと、お助けしたかった・・」 シュヴァルツは、こぶしをギュっと握り締め、 目を伏せると、静かに言った。 「でも、もぉ・・・ここでお別れです」 「仲間に、姫と一緒にいる私の存在が、知られた今」 「私と旅を続けるのは、あまりにも危険すぎます」 「どうか・・・ご無事で・・・!!」 そう言い捨てると、シュヴァルツは、サラの手を離し、 飛び立って行った。 サラは、突然の別れに、何も考えられなくなり、 その場に座り込んでしまった。 何時間座り込んでいただろう。 サラは、ふと、立ち上がり、森の中を歩き続けた。 ここで留まって、騎士に捕まえられたくない。 ふと、脳裏によぎるシュヴァルツの笑顔を 何度も何度も、懸命に消した。 こんな旅に・・・ 元々付き合わせてはいけなかったんだ。 元々、好きになってはいけなかったんだ。 そして、サラは、自分ができない夢をたくすように、 シュヴァルツの幸福を祈った。 シュヴァルツには、平穏な家庭を作ってもらいたい・・・と。 忘れようとしても、忘れられないシュヴァルツへの想いに、 愛すると言う事が、 こんなにも苦しいものなのか、 初めて思い知った。 せめて・・・ せめて・・・ 今度、偶然出会った時、 『 お互いの幸せを胸にいられるように・・・』と、 サラは、シュヴァルツが飛び立った空に、 精一杯の笑顔を作った。 サラは、決して振り向かず、強く強く風を切り、 再び、ひとりぼっちで旅を続けた。 胸がつぶされそうな苦しい想いに、 サラの瞳から大きな大きな涙が頬を伝い、 風と共に宙に舞った。 『・・・涙は、弱さじゃない・・・』 『・・明日への力になってくれるよ・・』 いつかのシュヴァルツの言葉が、胸にこだましていた。 何のために・・・ お城から抜け出してきたのだろう・・・ アタシが生きている意味って・・・ いったい なんなんだろう・・・ シュヴァルツのお陰で、騎士達の追っ手から、 無事に逃げる事ができたサラだったが、 大事なものを失った寂しさが、より一層傷を深くさせ、 再び、自分の心にフタをしていた。 いつの間にか、サラは、笑顔が作れなくなっていた。 崩れそうな心を抱いたまま、 その小さな羽根で、再び違う地へと、 サラは、大空に羽ばたき続けた。 ・・・心があるから、ツライんだ・・・ こんなにも、苦しいのなら。 こんなにも悲しいのなら。 こんなにも寂しいのなら。 ――― 心なんていらない ――― 苦しい心を抱え、 その翼に風を受け、 空高く・・・ 空高く・・・ 無我夢中で舞い上がった。 そして、がむしゃらに飛び続け、先を急いだ。 夕焼け雲が、紫色になり、辺りが真っ暗になっても、 月明かりの中、サラは飛び続けた。 すると、とうとう、 サラの心が・・・縛られた感情が、 無残にも引き裂かれ、 真っ暗な夜空の中、 キラキラと光りを放ちながら、 落ちていき、 そして・・・ 静寂な深い深い海へと・・・沈んでいった。 眩しく照り付ける太陽にも、 キレイな夕暮れにも気づかずに、 日が暮れようとも、 朝日が昇り、一日が始まっても、 サラは、無心で、2、3日、飛び続けた。 なんて、寂しい事だろう。 サラは、心を海の底に沈めてしまったのだ。 小さな小島にたどり着くと、サラは、 疲れて、バサバサになった羽をいたわる様子もなく、 まるで、ロボットのように寝る場所を探し、眠りについた。 それは、現実の延長。 夢の中でさえ、サラは独りぼっちだった。 真っ暗な部屋の中に、ポツンと、たたずんでいる。 かつて住んでいた お城の部屋よりも 狭く暗い場所。 そこには、ドアが一つあった。 そのドアを開け、出て行く事もできるのに、 あえて、そうしない。 ドアから離れ、目をつぶると、 ギュッと自分を守るように、まるまった。 それは、サラが、自分の厚い厚い殻に 閉じこもっている事を物語っていた。 何も見えなくて、 飛ぶことさえも、忘れてしまいそうだった。 そんなある日。 建物の遺跡が立ち並ぶ島で、 女性に出会った。 その女性は、薄ピンク色のキレイな羽をフワリとさせ、 サラの目の前を通り過ぎると、挨拶もせず、 近くにチョコンと座り、 ただ、空を見上げていた。 サラのうつろな目は、 色のない景色を映し出していた。 女性が、通り過ぎた事も気づいているのか・・ 気づいていないのか・・・わからないほど無表情のまま、 喜ぶ事も・・ 悲しむ事も・・ 苦しむ事もなく・・ ただ足元を見つめていた。 何時間経っただろうか。 雲行きがあやしくなり、 雨が今にも降り出しそうだった。 女性は腰をあげ、再び、サラの目の前を通り過ぎ、 近くの木の下へと歩いて行った。 とうとう、大粒の雨が降り出し、 砂の上をポツポツとこげ茶色に染め、 地を固めて行く。 どしゃぶりの雨は、地を叩き、 雨宿りもせず、座り込むサラの羽を泥で汚した。 女性は、そんなサラを寂しそうに見つめ、 一言、ボソっと言った。 「風邪ひいちゃうわよ・・」 冷たい雨にあたっても・・ 寂しいとも感じない。 悲しいとも感じない。 その時、初めてサラは、 何も感じない自分の心に気がついた。 麻痺してしまった心。 これから、どうすればいいのかわからず、 サラは、ただ、大雨の中、座り込んだままだった。 あんなに好きだったシュヴァルツとの日々を 思い出しても、何も感じない・・・ 一緒にいた思い出。 それは、記憶にあるだけにすぎなかった。 友と過ごした楽しい思い出を思い出しても、心踊る事はなく、 寂しいかった思い出を、思い出しても、つらくもない。 思い出は、ガラクタのように、 記憶の中に散らばっていた。 ←back   next→ メニュー
♪永遠の涙


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