サラは、泥まみれになった足や羽を気にする事なく、 隠れる場所を探し、草むらの影に身を潜めるように羽を休めた。 知らない間に、雨が止み、 雲の間から日が差してきていた。 サラは、数日過ごす中で、その視界には、 いつも、なぜか、女性の姿がある事に気づいた。 しかし、 お互いに気づいているのに、 お互いに話し掛けようとしなかった。 女性は、時々、サラをチラリと見ると、 ひどく悲しそうな表情をみせた。 どうして、女性が悲しい表情を見せるのか、 サラにはサッパリわからなかった。 女性も、いつも一羽で行動しているようだった。 サラと女性は、いつも少し離れた所で、座りながら、 空をぼんやりと眺めていた。 サラが、再び旅立とうとした日の早朝。 旅立ちを拒むように、霧が立ち込め、 目の前の道さえも、見えないほど濃い霧に覆われた。 それでも、サラは立ち上がり、 その霧の中をフラフラと歩いて進んで行く。 その時だった。 その霧を待っていたかのように、一人の騎士が、 サラの腕を捕らえた。 サラは騎士の手を振り払い、 逃げようと必死に抵抗するが、 心身ともに弱くなってしまったサラには、 その力もなくなっていた。 「シュヴァルツ――!!!」 知らない間に、サラは、彼の名前を叫んでいた。 すると、どこからともなく、ブルーの鳥が現われ、 騎士の後ろから、攻撃し始めた。 霧でその姿は、よく見えない。 「シュヴァルツなの?!」 思わず、サラは歩み寄ろうとした瞬間。 サラの肩を背後からツンツンと、誰かが叩いた。 振り返ると、そこには、 いつも視界の中にいた女性が立っていた。 「こっちよ」 女性は、長年、ここで住んでいるのか、 霧の中、スイスイと駆け足で、 サラの手を引っ張り誘導していく。 そして、行き着いたのは、 誰かの手で作られたような小さな池だった。 小さな池を覗き込むと、汚れた自分の姿が写しだされた。 とても一国の姫とは思えないほど・・・ひどい姿だった。 「ここに飛び込むのよ」 「いっせいのせでwねw」 女性は、掛け声をかけ、サラの背中を押した。 ドボーーーーーーーン!!! 女性と一緒に水中に飛び込み、 サラは、両目をギュっとつぶり、 両手でクチを抑え必死に息を止めていた。 そんなサラに、女性は、優しく肩をポンポンと叩いた。 ほんの少し、目を開けたサラは、 「ぇええええ!?!」と、 驚きを隠せず声をあげた。 信じられない事に・・・ そこは、水中ではなく、 たった今いた、池の辺だったのだ。 「シーーー、静かにして」 女性は、驚くサラを制し、 池の中の風景を見つめた。 そこに、映し出されたのは、 姫を連れ戻そうと、 キョロキョロとサラを探す騎士の姿だった。 サラは慌てて、後ろを振り向いたが、 そこには、騎士の姿なんて存在していなかった。 騎士が池から離れて行くのを確認すると、 「もう、大丈夫よw」と、 女性は、ニッコリと微笑んだ。 そして、立ち尽くすサラに、女性は優しい口調で話始めた。 「ここは、この池に映し出された もう一つの現実世界なの」 「この池を通じて、」 「全く同じ世界が2つ存在しているのよ」 「同じ人がいて、同じ環境」 「もちろん、貴方もこの世界にもう一羽いるのよ」 信じられない言葉の数々に、サラは唖然と、 立ち尽くすばかりだったが、 女性は、淡々と話を進めていく。 「もし、この世界の貴方に貴方の存在がばれてしまえば」 「この世界からも・・・」 「もう一つの世界からも・・追放されてしまうの」 「貴方の姿はなくなり、初めから存在してなかったものとして」 「世界は回り始める・・・」 「そして、貴方がいなくなった事で」 「世界、全体が変わってしまうのよ」 「貴方は、信じてくれないかもしれないけど」 「私は、貴方を助けるために未来から来たの」 「こんなに・・・身も心もやせ衰えて・・・」 女性は、サラの細い肩をそっと優しくなでた。 ・・・ぇ・・・ 久しぶりに触れた暖かい優しさだった。 女性は、続けて、ゆっくりと話始めた。 「貴方を助ける方法は、もうこの方法しかないと・・」 「この世界に連れて来たの」 「この世界にいる もう一羽の貴方を見つけ出し」 「自分自身だと気づかれないように」 「この世界にいる貴方をお城へ連れ戻しなさい・・・」 「そうすれば、もう、誰も追っては来ないはずよ」 「貴方は本当の自由を手に入れる事ができる」 「でも・・・」 「私が貴方を助けられるのはここまで」 「貴方が、この話を信じるか、信じないか」 「実行するか、しないかは、貴方の自由」 「だって、貴方の人生なのだから・・・w」 「貴方の運命は貴方の手で変えて行くのよ」 そう言うと、女性は、元の世界へと 池に飛び込み、大きな波紋を作った。 アタシを助けるためにって・・・ アナタはいったい誰なの・・・? サラの肩に、暖かい温もりだけが残っていた。 普通の鳥なら、信じないか、 この境遇に逃げ出すだろう。 もう一羽の自分に会ってしまえば、自分の身も心も 消えてなくなってしまうのだから・・・ しかし、サラは、自分を探すために・・・ 小さな池がある島から飛び立った。 怖いとさえ感じなかったからではなく 女性の言葉を信じたからでもなく 心が麻痺しても、なお、 幸せになるために、ほんの少しでも望みがあるなら それに賭けてみたいと思ったのだ。 そして、サラは、何かに惹きつけられるように、 危険な別世界に足を踏み出した。 もちろん この世界の自分と同じ姿形を持つサラは、 自分を探し出すまで、幾度となく、 騎士に捕まえられそうになったが、どうにか逃げ切り、 とうとう、数ヵ月後、 この世界に住む自分自身を見つけ出した。 あの女性の言う事は正しかった。 きっと、また、一人で旅を続けているんだろう。 そう思い、サラは、草むらの影から、自分をうかがった。 そして、騎士が近づいた時に、 飲ませる睡眠薬を手に忍ばせ、その時を待っていた。 もう一つの世界だが、自分の境遇そのもの。 数ヶ月の間に、何の変化もなかったのだろうと 思い込んでいたサラは、信じられない光景を 目の当たりにし、息を飲んだ。 この世界の自分の隣には・・・ あんなにも会いたかったシュヴァルツの姿があったのだ。 あの霧の日。 助けに来てくれたのは・・・やっぱり、 シュヴァルツだったのね・・・w ずっと遠くから見守ってくれていたシュヴァルツの気持ちが すごくすごく嬉しくて、サラは、 今すぐにでも、シュヴァルツの元に駆け寄って行きたかった。 でも、そうすれば、自分が消滅してしまう・・・。 サラは、気持ちを抑え、木の陰から二人の様子をうかがった。 この世界にいる自分を・・・城へ帰して、 私は・・・自由になる・・・ そして・・・アタシは、この世界の自分と入れ替わって、 シュバルツと幸せになる・・・ ・・・でも・・・ 自分自身と言えど、 もう一羽の自分とシュヴァルツを引き裂くことしていいのかな・・・ サラは躊躇していた。 二人は、身を潜め、決して裕福ではなかったが、 とてもとても幸せそうに見えた。 あんなに、幸せそうな自分を見るのは初めてだった。 自分の分身だもの・・・ シュヴァルツへの想いは・・・ わかりすぎるほど、わかってる・・・ でも・・・アタシだって・・・幸せになりたいよ・・ サラは手のひらにある睡眠薬をギュっと握り締めた。 胸が急に苦しくなり、 麻痺をしていた心が、徐々に取り戻していく。 心が麻痺し、何も感じなかったのに・・・ それでもなお・・・お城に帰りたくなかった理由が、 今、はっきりと判り、サラの心に突き刺さった。 どうしても・・この旅を続けなければならないと、 幾度となく、騎士に捕まりかけたが、 絶対に、戻りたくないと懸命にその場を逃れ、 必死でもがいていた その訳は・・・。 それは・・ ・・・彼への想いが、まだ心にあったから・・・ 自由であれば、いつかは、会えると・・・ 心の奥で、信じていたから・・・ シュヴァルツへの想いがあふれ、胸をしめつけた。 苦しくて、苦しくて・・・涙が頬を伝った。 ある日の夕暮れ。 数人の騎士が、島を訪れた。 その様子をサラは、草むらの影から静かに見つめた。 計画を実行するその時が来たのだ。 この世界の自分に気づかれないように、家に忍び込むと、 コップの中に睡眠薬をサラサラと入れた。 飲んでしまえば、数時間は眠ってしまうだろう。 誰か来る足音に気づき、 サラは、そっと家から抜け出した。 その足音は、シュヴァルツだった。 「サラ―――!」 「どこにいる?!サラ――!!!」 騎士達がこの島に踏み入れた事を知り、 サラを懸命に探しているようだった。 そうだ・・・ アタシ、このままシュヴァルツと逃げてしまえば・・・ 「シュヴァルツー!!」 サラは、シュヴァルツの目の前に舞い降りた。 「ぉおおwこんなところにいたのか!」 「行くぞ!追っ手が、近くに来てる」 力強いシュヴァルツの手に引っ張られ、サラは、 幸せな気持ちでいっぱいな・・・はずだった。 シュバルツに引きづられるように羽ばたき、 ほんの少しチラリと振り返ると、 この世界のサラが、家に戻っている姿が見えた。 ・・・ごめんなさい・・・ ・・・・・ ごめんなさい ・・・・・ サラは、胸が苦しくなり、罪悪感にさいなまれていた。 計画は、見事に成功し、 この世界のサラは、騎士たちに捕らえられ、連れ戻された。 そして、城の中でも内密にされ、 何事もなかったかのように時が流れた。 仲間達にサラをかくまっていると訴えらたシュヴァルツは、 騎士という立場から、はずされただけでなく、 国からも追放処分を受けていた。 もう、騎士たちに逃げる事もない シュヴァルツと一緒にずっと居られる ずっと思い描いていた自由な生活を送っていた。 やっと・・・やっと手に入れた幸せだった。 なのに、サラの表情は、曇っていた。 自分の身代わりとして、 城に戻された自分自身に・・・ サラは、罪悪感にさいなまれたままだった。 そして、自分のせいで・・・ シュヴァルツの騎士としての 立場さえも奪ってしまった。 シュヴァルツは、サラといられるだけで幸せなんだと、 平気な顔を見せたが、 余計に、その笑顔がつらかった。 前よりも、もっと、もっとシュヴァルツが好きになっていたが、 好きになれば、好きになるほど、 自分が犯した罪の重さに胸が痛んだ。 罪を背負った幸せなんて・・・全く幸せじゃなかった。 城から出て、自由になったはずが、 全く自由でなかったと同じように・・・ また過ちを繰り返していた。 なんて事を・・・今までしてきたのだろう・・・ サラは、初めて自分の愚かさに気づいた。 ・・・そして・・・ 正直に、シュヴァルツへ今までの事を話した。 余りにも非現実的すぎて、普通だったら、 聞いてくれないだろう。 しかし、シュヴァルツは、熱心にサラの話に耳を傾けた。 話終えると、サラは、深々と頭をさげた。 「ごめんなさい・・・!」 「アタシは、この世界のアタシじゃないの・・・」 「この世界のアタシは、お城にいるの・・・」 「だから、お願い、お城に行って、この世界のアタシを」 「連れ出して!!そして、もう一度会ってあげて!!!」 今にも、泣き出しそうなサラを シュヴァルツは真剣な表情で見つめた。 サラは、シュヴァルツの瞳を見つめ、話続けた。 「今、やっと・・・」 「本当の自由がなんなのか・・・」 「本当の幸せがなんなのか・・・」 「わかったの・・・!!」 「だから・・・」 「きっと、城に居るアタシもきっと・・・」 「この気持ちに気づいてるはずなの!」 「お願い・・・」 「もう一人のアタシの元へ行ってあげて!」 シュヴァルツは、サラの真剣な瞳を見つめ、 優しく微笑むと、ゆっくり頷いた。 「・・・わかったw」 「よく、話してくれたね・・・w」 「向こうの世界に行っても、向こうの世界の俺に」 「何でも話してくれよ」 「心に思った事を言わないのはwサラの悪い癖だw」 「・・・心は、伝えるためにあるんだから・・・なw」 シュヴァルツは、そう言うと、 コクンと頷くサラの頭を優しくなでた。 「・・・ありがと・・・」 サラは、シュヴァルツの優しい言葉に、涙があふれた。 サラは笑顔を向け、何度も何度も大きく手を振り、 水色の大きな空へ飛び立った。 これから、元の世界に戻って、シュヴァルツ、 アナタに、会いに行かなきゃ―――! サラは、いつになく晴れ晴れとした気持ちになっていた。 ←back   next→ メニュー
♪永遠の涙

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